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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1578号 判決

控訴人 国

代理人 岩田好三 坂田栄 ほか六名

被控訴人 寺本喜八郎

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、すべて被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決事実摘示と同一であり、証拠関係は、原審及び当審における証拠関係目録記載と同一であるから、いずれもこれをここに引用する。

一  原判決三丁裏一行目の「東側」を「西側」と改め、同行目の「その」の次に「(バイパス道路の)」を、同四行目の「(1)の」次に「バイパス道路ほぼ中央、「延長L=一一〇m」とある」を各加え、同一二丁表八行目の「東側」を「西側」と、同一六丁裏一行目の「大きく」から同二行目末尾までを「大きい。」と、同二一丁裏六行目及び同一〇行目の各「午後」を「午前」と各改める。

二  当事者双方の当審における主張

1  被控訴人の主張

(一)  本件被災箇所付近の海岸一帯の地域が本件被災当時海岸法にいう海岸保全区域に指定されていなかつたことは認める。

(二)  本件水害をもたらした原因は本件国道の設置計画にある。

控訴人は、本件国道の設置に当つてその護岸工事等の安全性を求めるに際し、その構造計算の基礎を本件地点から三四キロメートル離れた九頭竜川河口で測定した資料を用いた。九頭竜川河口と本件地点とは東京と横浜間の距離に相当するが、九頭竜川河口は砂地であり、その地形、潮流、水深、海底勾配、最高水位、平均満潮位、同干潮位、気象条件等あらゆる点で異つている。本件地点は、その海底が岩磯であり、日本海に向つて突出し、昭和五〇年ころ米ノ漁港が築港されてからは、それ以前よりも波浪は激しくなつていた。このことは本件被災当時迄に本件護岸が三回も修理されていることによつて明白である。

控訴人は、本件護岸設置の基礎資料を求めるに当つて本件護岸付近のデーターを収集すべきところ、これを省略し、安易に前記資料を選択したため、消波ブロツク(テトラポツト)を設置してから道路を設置すべきところ、その手順を間違えたものである。

(三)  被控訴人は、道路・護岸という営造物の設置、管理の瑕疵を主張するものであつて、それは道路・護岸という営造物の設置中の場合をも含む。控訴人の主張では、設置中の営造物であれば、どのような危険が生じても責任を負わないということになつて不当である。

(四)  控訴人の過失相殺の主張は争う。

2  控訴人の主張

控訴人の主張は別紙記載のとおりである。

理由

一  本件水害の発生については、原判決理由一「水害の発生について」(原判決二四丁表二行目冒頭から同二九丁裏一行目末尾まで)と同一であるから、これをここに引用する。但し、同二四丁表七行目及び同裏三行目の各「結果」の次に「(原審)」を各加え、同一〇行目の「東側」を「西側」と改め、同行目の「その」の次に「(本件国道の)」を、同二五丁裏三行目の「結果」の次に「(原審)」を、同八行目の、及び同二六丁表三行目のあとの各「国道」の次に「を含むバイパス道路」を各加え、同二九丁表三行目の「西側」を「南西側」と改める。

二  本件国道・護岸の瑕疵の有無について

国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである。ところで、本件国道は、もとより道路法の適用を受ける同法三条一号の一般国道であり、後記のとおり構造上本件護岸は本件国道の一部を構成するから、本件国道・護岸は、道路の構造の原則を定める道路法二九条の適用を受けるが、本件被災箇所付近の海岸一帯の地域が、本件被災当時海岸法三条の海岸保全区域に指定されていなかつたことは当事者間に争いがなく、したがつて、本件護岸は同法二条にいう海岸保全施設(津波、高潮、波浪等による被害から海岸を防護する施設)ではないから、本件護岸につき、海岸保全施設の築造基準を定める同法一四条の適用はないことになる。しかし、本件護岸について海岸(背後地域も含まれる)防護を目的とする海岸保全施設における通常者すべき安全性と同等の安全性を備えることが要求されるか否かについては問題がある。ただ、本件においては、控訴人は本件護岸は海岸法一四条の海岸保全施設築造基準に従つて築造した旨主張しているので、右問題は、以下、本件国道・護岸が海岸保全施設と同等の安全性を備えていたものであるといえるか否かについて判断を加える。

1  本件国道・護岸設置については、道路法一二条但し書により福井県を統括する福井県知事が工事を行い、同法一三条一項のいわゆる指定区間外の部分として同知事が管理していること及び右県知事の行為がいずれも控訴人の機関委任事務であることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、同法五〇条一項但し書により本件国道・護岸工事費用についての控訴人の負担率は四分の三であることが認められる。

2  本件国道・護岸の基本構造、設計、施工計画、施工については、原判決三一丁表九行目の「いずれも」から同四一丁表一行目までと同一であるから、これをここに引用する。但し、原判決三一丁表一〇行目の「七、」の次に<証拠略>を、同裏一行目の「三〇号証、」の次に<証拠略>を、同五行目の「四、」の次に<証拠略>を各加え、同九行目の「真正に成立したものと」を<証拠略>と、同行目の「及び」を<証拠略>と各改め、同一〇行目の「及び」から同三二丁表一行目の「二」まで、同行目「いずれも」及び同二行目の「第四号証の一、三」を各削除し、同三四丁表一行目の「波高」の次に「(有義波高)」を、同行目の「メートル」の次に「(波を一〇分間観測して大きいものから順に並べたうちの上位三分の一の平均波高を有義波高という。)」を、同行目の「周期」の次に「(有義周期)」を、同二行目の「秒」の次に「、なお沖波波長(有義波長)は沖波周期を基礎に計算することができ、二二四・六四メートル」を、同五行目の「波高」の次に「、」を各加え、同行目の「沖波波長」を「相当沖波波形勾配」と改め、同行目の「算出し、」の次に「さらに護岸前面の設計波高(六・四八メートル)を算出し、」を、同七行目の「ブロツク」の次に「四トンのもの」を各加え、同裏四行目の「ところで」から同三五丁裏八行目末尾までを削除し、同九行目の「(5)」を「(4)」と改め、同三六丁裏九行目末尾の「ところ」から同三七丁表五行目末尾までを削り、同八行目の「(6)」を「(5)」と、同行目の「東側」を「南西側」と、同裏四行目の「(7)」を「(6)」と各改め、同末行目の「いた」の次に「(同区間の防護柵未設置をも含む。)」を、同三八丁表三行目の「完成を」の次に「、舗装自体は同月五日の完了を」を各加え、同三九丁表一行目の「(8)」から同四〇丁表三行目末尾までを削り、同四行目の「(9)」を「(7)」と、同裏四行目の「(10)」を「(8)」と各改める。

3  以上認定の諸事実、前記付加、訂正、削除のうえ引用した原判決三一丁表九行目から同三二丁表四行目の「全趣旨」までに掲記の諸証拠、<証拠略>によれば、次のとおりの事実を認定することができ、かつ判断をすることができる。右諸証拠に対比すると、<証拠略>中右認定にそわない部分はたやすく採用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  盛土方式の採用について

国道三〇五号線は、水産物の運搬及び観光のため交通量が増大して交通渋滞を来すようになり、そのため福井県知事は昭和四六年からその改良工事に着手したが、本件建物の所在地である米ノ地区においては旧道沿線に家屋が密集していてその移転用地の確保が困難なうえ、背後には急峻な山々が存在して旧道の拡幅が極めて困難であつたため、海側にバイパス建設を計画した。そして、バイパス部を橋梁方式とせず盛土方式としたのは、橋梁案では、橋梁そのものが海岸沿いの民家に対して防波堤となりえず、また本件被災箇所付近は越前加賀国定公園の一部であるため橋梁のような高い構造物は景観上問題があり、さらに橋梁部と旧道沿線が分離されるため沿線住民の利益とならず、沿線民家からの眺望及び日照も橋に阻害されて非常に悪くなるほか、橋梁方式と盛土方式とを経済的に比較しても前者の方が三倍以上となる。

このようにバイパス盛土方式は、国道の用途、役割、地形的・場所的条件、社会的条件、経済的条件を総合考慮して採用されたものであつて、この方式の採用に問題はない。

(二)  トライアン護岸の採用について

前認定のとおりトライアン護岸は、波のエネルギーを散逸させ、その打ち上げ高を減じる消波性能にすぐれた、また法覆をかね備えた護岸用コンクリートブロツクを用いるものであつて、眺望を阻害せず、加えて建設費が安価になるように護岸の天端高をできるだけ下げるという要請にこたえうるものである。

コンクリート構造物は、大型化すると施工管理、品質管理上全体を一体として打設することができず、打ち継ぎ目を作らざるをえない。打ち継ぎ目の施工は、コンクリートの表面を入念に洗うなどしてから新コンクリートを打設するが、より一体化を増すためつなぎ鉄筋を入れる。本件護岸では、つなぎ鉄筋としては長さ一メートル、直径一九ミリメートルのものを四〇センチメートルの間隔で入れて施工してある(原判決別紙図面(2)中「⊂……⊃」印のもの、なお同図面中〈1〉が基礎コンクリート、〈2〉がバツトレス基礎、トライアンブロツクは同図面のほぼ中央平行四辺形のもの(五ケ)である。同図面中その左にあるのが順次壁体コンクリート、バツトレス(三角形のもの)であつて、控え壁式コンクリート擁壁となつている。バツトレス中央の打ち継ぎ目にも右つなぎ鉄筋が二本入れてある。)。なお本件護岸に用いたトライアンブロツクには、それぞれ背面筋四本があり、壁体コンクリートに埋め込まれているが、これも一種のつなぎ鉄筋である。

コンクリート構造物は寒暖の差により伸縮するので、一定の間隔(本件護岸では水平方向に八メートル間隔)で伸縮目地と呼ばれる打ち継ぎ目を設けている。このうちコンクリート構造物のくい違いを防ぐために施す鉄筋がスリツプバーである(片側を固定し、反対側を滑らせる。右図面中「鉄筋」とあるもの)。

このようにして、トライアン護岸は、ブロツクの自重、上下左右のかみ合せ、背面筋を介しての壁体との密着によりトライアンブロツクを一体化し(さらにつなぎ鉄筋で壁体コンクリート、バツトレスは基礎コンクリート、バツトレス基礎と密着する。)、これにより波力に対して抵抗して波のエネルギーを散逸させることによつてすぐれた消波機能を持たせた無筋構造物であり、トライアン護岸の採用に問題はない。

(三)  設計条件の決定及び設計について

道路法や道路構造令(昭和四五年一〇月二九日政令三二〇号)等には本件のごとき護岸の設置に関する定めはないところ、海岸法一四条の主旨に基づき定められた海岸保全施設築造基準(以下、築造基準という。)及びその解説書である海岸保全施設築造基準解説(以下、基準解説という。)は、海の波や高潮等から海岸を防護する施設に関する海岸工学の最高水準を踏まえた一般的な技術基準という性格を有するものであるところ(築造基準は、海岸法一四条の主旨に基づき、農林、運輸、建設の三省が、昭和三三年に共同で定めたより具体的な基準(右三省がこれを通達としている。)であり、基準解説は、右三省の海岸事業関係者が昭和三五年に作成、出版した築造基準の解説書で、昭和四四年の築造基準の改訂に伴い、昭和四七年三月に改訂、出版された。基準解説は、築造基準を具体的に解説し、海岸保全施設築造上の設計指針を具体的に明らかにするもので、当時の海岸工学の最高水準を踏まえて作成され、改訂の前後を通じ、海岸保全施設はすべてこれに従つて設計、築造されている。)、福井県知事は、右築造基準、基準解説に則り、本件護岸を前記検討書<証拠略>のとおり設計、施工したものである。

本件護岸の設計条件のうち外力条件(前記沖波波高、沖波周期、沖波波長、潮位等)は、福井県の担当者が既往最大主義に則り、築造基準及び基準解説に従つて決定したものである。既往最大主義とは、設計外力を決定する考え方の一つで、これまでの観測記録(広い意味のもので、天気図もこれに含まれる。)のうちで最大のものを設計外力として採用する考え方である。この考え方は、最低限過去に起つた最大の外力に対しては確実にこれを防禦しようとの考え方を基礎とするもので、設計に際してはさらに若干の安全性を付加すべく、施設の規模の決定(本件では護岸天端高の決定)においては余裕高を、構造計算(本件ではトライアンブロツクの安定計算)においては安全率を与えている。この主義は、従来から大都会を背後にした場所(東京湾等)でモデル台風主義(モデル台風、例えば伊勢湾台風が最悪のコースを通つた場合を想定して外力を決める主義)が採られることがあるほかは、海岸保全施設の設計に一般的に採られてきた主義で、現在においても同様であり、この主義の採用に不合理性はない(海の現象は甚だ複雑で観測しにくく、昔からの観測資料が揃つていないため確率主義は採れない。)。なお本件護岸設計において、右外力条件は米ノ地区では客観的、正確な観測資料がなくないし得られないので、沖波波高については、福井港設計計算における昭和三一年から同四五年に至る一五年間に日本海で発生した主な低気圧の天気図をもとに推算した沖波波高のうち最も大きい波高(有義波高)七メートル(昭和四五年一月三一日のいわゆる台湾坊主のそれ、検討しうる資料のもとで本件被災時までの最大のもの)を採用しているが、本件護岸設計に際し、沖波波高を日本海における低気圧の天気図を基に推算し、そのうち最大のものを採用したことは当を得たものである。沖波周期(有義周期)は、右昭和四五年一月三一日の福井港における極大波浪の観測周期一二・一秒(右最大の沖波波高を生じた時にそれに対応して観測された周期である。)を参考に一二秒と決めているが、沖での周期は岸の観測地点での周期に等しいと考えてよく、右一二・一秒を一二秒とまるめても許容範囲内にあり、右沖波周期も当を得たものである。さらに沖波波長(有義波長)を二二四・六四メートルとしているが、これは右沖波周期を基に計算したもので問題はない。また潮位は、福井港における昭和二五年以来の観測での既往最高潮位HHWLプラス一・一三メートル(検討しうる資料のもとで本件被災時までの最大のもの)を用いているが、米ノ地区と地理的に極めて近い(距離約六・五キロメートル)越前漁港でも潮位観測が行われており、越前漁港の潮位をもつて米ノ地区の潮位とみることができるが、越前漁港と福井港における潮位の相関度から越前漁港では福井港における潮位とほぼ同一の潮位が起つているものと考えられ、しかも福井港の潮位はそれと同時刻の越前漁港の潮位よりも多少高く読まれているから、福井港の潮位をもつて米ノ地区の設計潮位とすることは当を得たものであつて、本件護岸設計は、通常予測される外力を設計条件として採用しているものと評価することができる。次に、設計条件のうち地形条件である計画護岸法先地盤高、海底勾配は米ノ地区の現地につき調査してそれぞれGLマイナス五メートル、一五分の一と決めたもので、これらの数値に、そして、その他の設計条件の設定にも問題はなく、本件護岸の設計は、米ノ地区の考慮すべき現地条件はすべて考慮し、右設計条件に従つてなされたものである。

本件護岸の設計は、右設計条件に基づいて護岸前面での最高の波高を求め、これを設計波高(六・四八メートル)とし、トライアン護岸に対する打ち上げ高を求めて七メートルとし、消波工を設置することとしてトライアンブロツクの所要天端高を六・〇三メートルとし、トライアンブロツク四トンのもの五段積みでトライアンブロツクの天端高は六・五メートルとなり、さらに余裕高(天端工高さ〇・八メートル)を加えてトライアン護岸の所要天端高を七・三メートルとしている。トライアンブロツクの安全性については、安定計算に当り安全率を与えてこれを一・二とし、消波工を設置した場合の波の揚圧力とブロツクの抵抗力の比は一対一・六二であり、消波工がない場合でもその比は一対一・一三四となつている。さらに現実の護岸においては、前述のとおりトライアンブロツクは、上下左右にかみ合い、背面筋を介して壁体コンクリートと密着し、全体として一体化しているから、安全性はさらに大きい。なお、本件護岸設計においては、計算に当つては常に安全側になるようにしている。

本件護岸背後の道路については、排水溝が、また本件国道東側の山からの流水につき排水溝がそれぞれ設置されることになつており、これを含めて右道路の設計に問題はない。

なお海岸堤防は越波が生じても破壊されない堅牢なものとするため、いわゆる三面張り(表のり、天端、裏のりの三面の被覆)とすることになつているが、本件国道・護岸については道路の舗装がなされることによりこれを満すものであつた(後記のとおり本件国道・護岸は、道路舗装(被覆)が完成すれば、消波工が設置されなくても、設計波のような波によつて破壊されることはない。)。

最後に本件国道・護岸の設計は消波工断面を決定しているが(<証拠略>)、これに問題はない。

以上の次第であつて、本件国道・護岸の設計条件の決定、設計に不合理な点はない。

本件国道・護岸の設置に際し、岩磯を護岸の基礎を設置するのに必要な範囲で基礎の下部若干を、護岸背後について道路設置に必要な範囲で一部を剥離したが、護岸よりも海側の岩磯には手を加えておらず、また本件国道・護岸の築造に必要な範囲で本件入江を埋め立てているところ、被控訴人は、本件入江や岩磯が波力の減殺効果を営むことを理由に岩磯の剥離を避け、本件入江はそのままにしてその上に橋を設置する等自然の条件を生かすべきであつたと主張するが、これらは護岸前面の設計波高に何ら影響を及ぼすものではなく、むしろ設計波高に折り込み済みであつて、安全上別段の考慮を払う必要はないから、右主張は採用しえない。

(四)  施工について

前記のとおり昭和五一年一〇月中旬には本件国道・護岸を含むバイパス道路全区間(三百数十メートル)の護岸工事、背後盛土工事、路床工事、下層路盤等工事、さらに車道舗装工事も完了して歩道の舗装工事に着手し、同月二九日には歩道の舗装工事も本件国道・護岸決壊箇所付近の海側一三〇メートルの区間を残すのみとなつていたところ、同日本件水害にあつたものであるが、それまでの本件国道・護岸の施工については、築造基準、基準解説及び一般の土木工事の準則、方法により厳密な品質管理、諸検査を含む方法で設計どおり実施されていて、問題はない。

被控訴人は、水中コンクリート工法で打設した基礎コンクリートの強度不足をいうが(バツトレス基礎は空中コンクリート工法で打設)、基礎コンクリートは設計どおり施工され、検査にも合格し、強度に不足はない。基礎コンクリートは本件被災当日の波浪によつても何ら被害を受けておらず、問題のないことはこのことからも明らかである。なお被控訴人は、本件護岸につき本件被災までに三度も修理ないしやり直し工事がなされたと主張するところ、基礎コンクリート打設において型枠の建直しがなされたことはあるが、これは、水中における作業であるから通常ままあることであつて、型枠の材質、構造、組立て方法から避け難いところであり、修理ないしやり直しという性格の工事ではなく、工事の欠陥とは何ら関係がない。右以外に被控訴人主張の修理等がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

また被控訴人は、本件護岸の壁体コンクリート部分とバツトレス部分とには鉄筋がなく、波力や陸側からの土圧、水圧に対する抵抗力を欠いており、さらにトライアンブロツク相互のかみ合せが悪いため外れ易く、波浪からの揚力に弱く、動き易い欠点があると主張するが、本件国道・護岸に排水設備が、またその東側の山からの流水の排水設備も設計に従つて施工されており、これら排水設備に問題はなく、本件トライアン護岸の採用に、また本件国道・護岸の設計、施工に問題のないことは前述のとおりであり、このことは、本件国道・護岸は、本件被災当日追追波浪が大きくなり、ことに正午ごろから(午後八時ごろまで)は設計波高をはるかに越える異常に大きい波浪が相次いで来襲したため本件護岸を越す波により歩道未舗装部分から海水が流入し、護岸背後の土砂が洗い出され、本件護岸が背後の支えを失つて午後三時ごろ本件国道・護岸の一部が決壊したものであるところ、それまでの間本件国道・護岸は右波浪に耐えていたこと、歩道未舗装部分から海水が流入して道路が洗掘されたことが本件国道・護岸決壊の原因であること、本件国道・護岸以外の本件バイパス道路部分も本件国道・護岸と同様トライアンブロツクを用いて設計施工され、この設計、施工にも問題はないところ、本件バイパス道路・護岸中右決壊箇所以外の部分が決壊したことは何らうかがえないこと等によつて裏付けられる(本件来襲波は、波高(沖波有義波高九・一五ないし九・八〇メートル)、周期(沖波有義周期は一二・五秒をかなり上回る。)、潮位(HHWLプラス一・五メートル以上)が異常に大きく、しかも後記冬期波浪の時期ではない一〇月という異例の時期に来襲し、さらに異常に長時間継続した。)。

以上のとおりであるから、本件バイパス道路・護岸(本件国道・護岸)工事が後記の消波工設置をも含めて設計どおり完成すれば、本件バイパス道路・護岸(本件国道・護岸)は、海岸保全施設の設置、管理の一般的水準及び社会通念に照らしても通常有すべき安全性を備えたものとなつたと考えられる。

(五)  施工計画と工期設定について

(1) 米ノ地区の道路改良事業のような規模の比較的大きい公共事業はもとより一朝一夕にして成るものではなく、しかもこれを実施するには莫大な費用を要する。

米ノ地区の道路改良事業は、予算としては福井県における一般国道改修費補助のうち道路改良費及び舗装新設費の執行としてなされた。この予算の財源は租税であるから、道路改良事業に配分された予算をさらに個別具体的な事業に配分していくについては公平な配分ということが重要な要請であり、したがつて、道路の改良事業は、議会が国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分を決定する予算のもとで、各道路の設備状況、重要度等を総合勘案し、改良事業の必要性、緊急性の高いものから順次これを実施し、全般的に均整のとれた整備を図つていくことが要請される。

米ノ地区のバイパス道路・護岸工事は、昭和四六年度から企画された一般国道三〇五号線の道路改良工事の一部で、福井県知事が国の機関として行つていたものであるが、昭和四八年当時同知事が管理するこのような一般国道は三〇五号線を含め五路線であつた。そして、その管理延長(実延長)の合計は二二五・五キロメートルで、その内訳は、一五七号線が七五・三キロメートル、一五八号線が三三・五キロメートル、一六二号線が三二・三キロメートル、三〇三号線が五・七キロメートル、三〇五号線が七八・七キロメートルであつた。このうち改良を必要とする路線は、一五七号、一五八号、一六二号及び三〇五号の四路線で、未改良延長の各路線ごとの内訳は、一五七号線が二八・六キロメートル、一六二号線が一二・九キロメートル、三〇五号線が二八・二キロメートルであり、一五八号線については、現道はすでに改良済であつたが、当時のモータリゼーシヨンの進展に伴い、交通量が増加し現道の交通容量を越えることとなつたので、大野市内でバイパスを整備する必要があつた。

なかでも県都福井市と奥越地域(福井県の東部県境地域に当たる。)の勝山市・大野市とを結ぶ一五七号、一五八号各線と、小浜市と京都府とを結ぶ一六二号線は、昭和四〇年四月国道に指定されたいづれも重要な生活幹線であつて、指定以来継続して整備を進めて来ており、三〇五号線の本件米ノ工区の改良工事が施工された昭和四八年から同五一年度にも、県の道路整備の重要課題として整備を必要としていた。

他方三〇五号線は、昭和四四年一二月四日三〇三号線と同時に国道に指定されたもので、地域の重要な生活幹線であるが、上記三路線と比較すると観光開発を目的とする観光道路としての性格も強い路線であり、昭和四六年度から改良工事を進めていた。

福井県知事は、一般国道である右四路線ほか三路線について、全体を十数工区に分けて改良事業を施行してきた。それぞれの路線の各工区が改良の必要性の高いものであるが、その中で三〇五号線についてその予算配分をみると、昭和四八年から同五一年度の四か年にわたり各年度の福井県全体の一般国道改修費補助・道路改良費(一四億円程度)の三二・六ないし四五・八パーセントを占めている。そして、そのなかで越前町管内の四工区(すなわち、午房平、米ノ、梅浦、玉川~梅浦)は県全体の八・四ないし一九・〇パーセントを占め、そのうち米ノ工区は県全体の予算の二・〇ないし三・五パーセントを占めていて、一五七、一五八、一六二号の他の三路線に比べてもより多額の投資をしている。さらに本件米ノ工区を他の越前町管内の三工区と比較すると、昭和四八年度、同四九年度には最大の投資をしている。昭和五〇年度、同五一年度においては、越前町管内の他の工区(玉川~梅浦工区)に格段の予算配分をしているが、これは、米ノ工区の北約一・五キロメートルにある旧越前岬トンネルの新設のために予算配分した結果である。すなわち、旧越前岬トンネルは、老朽化が著しく、常に落石の危険があり、道路交通上から三〇五号線の最大の危険箇所となつていたので、トンネルを海側へ新設することが道路管理者として緊急かつ重要施策だと判断されたからである。

以上のように道路管理者は、使用できる予算の大枠を前提に、改良工事を要するその管理にかかる県下の一般国道全般の状況を総合勘案し、県下全体の工区についてそれぞれ利用面・安全面で最大の効果を上げ、かつ許容される安全性を確保できるような施工計画を立てて各工区への予算配分の原案を作成し、議会(国会、県議会)の予算議決を経て工事を施工することになる(四分の三の国費負担分については、具体的に工区に配分した案を作成して国に要望し、政府の予算案の中に盛り込まれて国会の議決を経ることになる。また国費と県費とを合わせた全体の費用については、県の予算案に盛り込まれて、県議会の議決を経るのである。)。したがつて、米ノ工区におけるバイパス道路設置工事はこれを数年に分けて施工することとなる。

(2) 米ノ工区のバイパス道路建設工事の施工計画は、総延長を三区間に分け、南から北へ昭和四八年度から同五〇年度まで各年度に各区間につきそれぞれ護岸(トライアンブロツク使用)と道路本体(路体盛土、路床工)の施工を行い(本件国道・護岸は昭和四九年度)、次いで昭和五一年度にバイパス道路全区間につき下層路盤等工事、道路(車道、歩道)の舗装工事を行い、昭和五二年度より消波工を設置するというものであつた。

(3) 自然の外力と直接接する箇所における施設の工事は自然が静穏な時期に行い、静穏でない時期にはこれを行わないのが原則である。これは、自然の非静穏時に工事を施工した場合には、施工中の施設が破壊されることにより大きな危険と大きな費用のロスが生じる蓋然性が高く(施工中の施設が破壊されれば、大きな「手戻り」が生じる。)、そのような危険や手戻りを防止しようとすれば、大きな費用を投じて施工中の施設を防禦するための施設をあらかじめ作つておくことが必要となるが、そのようなことが予算の合理的執行でないことは明らかである。本件バイパス道路・護岸工事についてみると、日本海岸は冬期は波が高く、夏期は静穏であるから、この日本海が静穏な時期に工事を行うのが妥当であるし、現にその静穏な時期に工事を行つてきた(なお、<証拠略>については、同証の昭和四八年度から同五〇年度の各工事(護岸及び道路本体の築造)の工程は請負契約書に添付される請負者の作成した工程表(具体的な実施工程を示すものではなく、概略的な工事の手段を示すもの)によつて記載したものであるが、実際の工事は、護岸の設置と道路の埋戻(路体盛土及び路床工、すなわち、道路本体工事)については経験的に波浪の大きくなる(冬期波浪)一一月中旬に入るまでにそれぞれ終えており、昭和五一年度の下層路盤等工事、道路舗装工事も同時期に入るまでに完了することになつていた。)。もつとも右静穏時期であつても、四月から六月までは工事はしていないが、しかしこれは、右工事が建設省道路局所管の補助事業であり、補助事業の執行にあたつては、前年度における予算要望から始まり、諸種手続を踏まなければならず、このために六月までは着工できないからである。

(4) 本件国道・護岸施工計画において下層路盤等工事、道路舗装工事を昭和五一年度に全延長まとめて施工することにしたのは、最も大きな理由としては他の工事との関連で均衡を取りつつ予算配分しなければならないことによるが、一つには技術的ないしは経済的理由からも、全延長まとめて施工するのが妥当であつたことによる。すなわち、短い区間に分けて舗装を施工すると継ぎ目ができて自動車の走行に都合が悪く、舗装後工事用車両が頻繁に行き来することによる破損も危惧され、また費用面でも経済的でないことによる。

(5) また本件(国道・護岸)施工計画においては、昭和五一年度の道路舗装工事完了後昭和五二年度より消波工(消波ブロツク)を本件護岸に接し、そのすぐ前面海中に設置する予定であつたものであるが、かかる方法は護岸設置の場合一般的である。消波ブロツクを護岸から離して護岸設置以前に設置する場合は、消波工は山形となり、より大量の消波ブロツクを必要とするし、また米ノ工区では地形の関係から消波ブロツクは海側から船で運んで設置せざるをえなくなり、道路側からクレーンで設置するのに比較して莫大な経費増加をもたらすものであり、そして、右の方法は基準解説に示された離岸堤となるが、多額の投資をして離岸堤を設置しなければならない事情は米ノ工区にはない(離岸堤は基本的に砂質の侵食海岸の場合に設置し、築造費、維持費が高額となる。米ノ工区先の海岸は岩質であつて砂質ではない。)。

(6) ところで、本件国道・護岸工事施行中設計波と同じような波が来襲した場合、消波工が設置されていなくても、本件護岸が設置され、背後の道路の道路本体が施工されていれば、前記検討書による安定計算上抵抗力(トライアンブロツクの自重)と波の揚圧力との比は一対一・一三四となつてまず安定と評価することができ、加えて、検討書は安定計算上通常使われている波圧の見積法によるものよりも大きな値を使用しており、また現実のトライアンブロツクの抵抗力は前にも述べたように背後の壁体コンクリートとの密着及び上下左右のブロツクのかみ合せによる一体化により自重のみによる抵抗力をかなり上廻つていると考えられるから、これらを総合すれば、設計波と同じような波であつても、その波力により護岸が破壊されることはないと考えられる(もつとも、この場合も越波流に対しては計算上必ずしも安全とはいい難い。但し、右計算方法の正確性については問題がある。)。

また、福井県においては、本件被災時まで、越前海岸一帯はもとより県下の各海岸部においてすべて本件と同様の施工計画で道路・護岸を施工してきたが、本件のように被災したことはない。

さらに米ノ工区のバイパス道路・護岸工事についてみると、昭和四八年度施工部分は三回、同四九年度施工部分は二回、同五〇年度施工部分は一回、護岸及び路床工までの道路本体の築造された状態でそれぞれ冬を経過しているが、やはり安全上問題は生じなかつた。福井港における測定値で、昭和四八年一二月二二日に有義波高七・〇一メートル、同四九年三月二二日に同六・五八メートルの波が観測されており(このときの波はいずれもかなり継続時間が長い。)、また昭和四九年の冬においては、同年一二月一四日に有義波高六・一〇メートル、同五〇年一月一八日に同五・四六メートル、同年二月二三日に同五・三一メートルの波が観測されているから、米ノ工区においてもほぼ同程度の波が来襲していたものと考えられ、昭和五〇年の冬は福井港の波浪観測は欠測となつているが、金沢港の観測値と福井港のそれとは極めて強い相関度を示すから、かなり高い精度をもつて米ノ工区にも金沢港におけるとほぼ同じような波が来ていたものと合理的に推測でき、そして、金沢港においては、昭和五〇年一二月一六日に有義波高五・四一メートル、同月二二日に同五・五九メートル、同五一年一月二二日に同六・二七メートルの波が観測されているから、米ノ工区においてもほぼ同程度の波が来ていたものと推測されるが、本件バイパス道路・護岸には何の異状も生じていない。

このような従来の経験そして前記本件(国道・護岸)決壊の過程状況をも併せて考えれば、護岸が設置され、背後の道路本体が築造されていさえすれば、設計波に近い波が来襲しても破壊されることはまずないといえる。

しかも、設計波は既往最大の外力条件を基に決められたものであつて、そのような波は、三〇年(波高、周期)とか二〇年余(潮位)という長い期間における最大のものであつて、その正確な生起確率を計算することはできないが、常識的な意味において稀にしか来襲しないものであり、それに至らない波しか来襲しないのが通常であつて、工期数年といつた程度の工事期間に来襲する確率は非常に低い。

(7) 本件国道・護岸工事が進行し、護岸背後の道路(車道、歩道)の舗装も完了した段階では、護岸の安全度はさらに高まり、設計波のような波に対しては、消波工が設置されていなくてもその波力に対して安定であるのは勿論、越波流によつても道路・護岸が決壊することはない。しかるところ、本件被災時においては、前記のとおり本件国道・護岸を含むバイパス道路の護岸工事は完了し、道路工事も海側歩道の本件国道・護岸決壊箇所付近の一三〇メートルの区間が未舗装(未被覆)となつているのみであり、波浪の高くなる冬期波浪期(一一月中旬以降)に入る前に道路舗装工事のすべてを終えるべく昭和五一年一一月中旬の完成を目指し、雑工事を除き右未舗装部分の舗装自体は同月上旬に完了する予定で(舗装工事が完成すれば、残工事は消波工設置のみである。)工事は順調に進行していたもので、本件水害がなければ、右計画どおり工事は完成していたものと考えられる。

(8) 本件バイパス護岸背後の道路の舗装(上層路盤工、基礎工、表層工等)の費用(約二三〇〇万円を要した。)は、本件護岸設計における消波工設置のそれ(昭和五二年当時で二億円を越える。)に比すればはるかに少額で足りるし、道路を舗装すれば、供用開始が可能となつて利用面でも効果を発揮することが可能である(本件バイパス道路・護岸の設置は、水産物の輸送道路、地域住民の生活道路、観光用道路としての機能増進のため実施されたものである。)。

右によれば、護岸とその背後の道路本体のみが施工された状況で設計波のような波が来襲した場合には、本件国道・護岸は、越波流のため必ずしも安全とはいえないが、これに近い波では決壊することはまずないであろうこと、設計波のような波の来襲する確率は非常に低いこと、予算関係、投資効果等右に認定の諸事情からすれば、消波工設置より道路舗装を先行させる計画を不相当とすることはできず、右本件バイパス道路・護岸(本件国道・護岸)設置施工計画を不合理のものとはいいえない。しかのみならず、本件被災の時点についてみれば、本件バイパス道路・護岸施工計画実施で残るところは、前記のとおり海側歩道未舗装部分の舗装と消波工の設置のみであつて、歩道未舗装部分は冬期波浪期までに完了する予定で工事は順調に進行しており、右時期までに舗装が完了すれば、消波工が未設置のまま設計波のような波が来襲しても決壊することはないのであるから、右時点での残された施工計画を不相当のものとは到底いいえない。

なお、本件被災後、災害復旧工事に先だち、急遽道路欠落部分に消波ブロツクが置かれたが、これは、他の工事のため製作してあつたものを応急的に仮設置したものにすぎないのであつて、容易に消波工を設置しうるわけではない。

(六)  本件被災後の災害復旧工事で築造された護岸は普通護岸であり、また設置された消波工の規模が検討書の設計に比し大きくなつているが、普通護岸としたのは復旧予算と工期の関係でトライアンブロツクと消波ブロツクを同時に製作することが不可能であつたため、擁壁工は現場コンクリート打ちとし、消波ブロツクの製作を先行させたことによるものであり、消波工の点は本件来襲波の大きさにかんがみ消波工の断面を大きくしたからであり、またその後現在のように護岸自体も嵩上げされ、消波ブロツクもさらに増加されているが、これは護岸背後地の利用度を高めるべく施設の規格を高めたことによるもので、いずれも本件国道・護岸に安全面で問題があるとして施工されたものではない。

(七)  本件国道・護岸設置計画後事情の変動により米ノ工区における波による危険が顕著となりこれが放置を是認しえないと認められるような特段の事情は何ら生じていない。もつとも、被控訴人は、昭和五〇年ごろ米ノ漁港が築港されてからは、それ以前よりも波浪は激しくなつたが、これは、本件被災時までに本件護岸が三回も修理されたことで裏付けられる旨主張するが、右修理の認められないことは前記のとおりであり、昭和五〇年ごろから従前より波浪が高くなり本件バイパス道路・護岸の安全性に問題が生じたことを認めるに足りる証拠はない。なお、本件国道・護岸設置に際し、岩磯を剥離し、入江の一部を埋立てているが、これを折り込んで本件国道・護岸の設計がなされていることは前記のとおりであつて、右特段の事情に当らないことはいうまでもない。

4  以上認定の諸事情のもとにおいては、本件バイパス道路の設置はその必要性があつてなされたもので相当であり、そして、本件国道・護岸は海岸法にいう海岸保全施設ではないが、海岸保全施設の設置、管理の一般的水準及び社会通念に照らして、本件国道・護岸の基本構造、設計、施工計画、施工は不合理なものとはいえず、ことに、昭和五一年一〇月二九日の本件被災時における本件国道・護岸は、波の高くなる一一月中旬以降の同年の冬期波浪の時期までには、消波工の設置がなされなくても、設計波のような波によつては破壊されない道路・護岸となるものであり、右時点における本件国道・護岸は、未だ施工中のものであるが、先に述べたような安全性を有し、かつ施工計画のもとにあるのであつて、財政的、技術的な諸制約のもとでの海岸保全施設の設置、管理の一般的水準及び社会通念に照らし是認することのできる通常有すべき安全性を備えていたものと認めるのが相当であり、本件国道・護岸の設置、管理に瑕疵があつたということはできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がない。

三  よつて、右と異なる原判決中控訴人敗訴部分は失当であつて本件控訴は理由があるから、原判決の右部分を取り消して被控訴人の本訴請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 時岡泰 宇佐見隆男)

別紙

控訴人の主張

一 本件護岸・道路の決壊・崩壊と被控訴人方建物の倒壊との間に因果関係のないことについて

本件当時米ノや越前海岸一帯を襲つた高波は、波高・周期・潮位、来襲時期、継続時間のいずれにおいてもきわめて異常なものであり、従来の経験からは到底予測不可能なみぞうのものであつた。このみぞうの異常な高波や強風により各地に大きな被害が発生したが、海岸地方では、道路・護岸に決壊がなくても、波浪や強風により建物の倒壊事故が多数発生したのである。したがつて、右事実や当時の高波の異常な大きさ、本件箇所における越波状況を総合して考えれば、被控訴人方建物についても、本件護岸が決壊しなくても、同建物はそれを越えて打ち寄せる異常な高波と強い風により倒壊したであろうと推認されるのであり、本件護岸の決壊と本件建物倒壊との間に因果関係はないというべきである。

二 本件護岸・道路の設置・管理に瑕疵のなかつたことについて

本件の護岸・道路は、本件当時通常有すべき安全性を有していたが、当時における予測の範囲をはるかに超える異常な波浪が来襲したため決壊したものであつて、不可抗力によるものであるから、護岸・道路の設置・管理に瑕疵はなかつたというべきである。

1 本件建物倒壊の原因

本件建物は、強風と異常な高波の力により倒壊したものであり、本件道路・護岸の構成物が右建物を倒壊させたものではない。

2 本件において問題とすべき護岸・道路の瑕疵の意義

本件建物の倒壊が本件護岸・道路の決壊を原因とする波力の接近を一つの有力な原因として起きたものであるとした場合には、右護岸・道路の決壊が通常有すべき安全性を欠いていたこと、つまり瑕疵があつたことにより起きたものであるか否かが最大の問題である。そうであれば、波力に抵抗する役割を担う護岸がそれに働く波力によつて破壊される背後の地盤や構造物等を防護することができるか否かという、防災施設としての護岸の安全性の有無が問題とされることとなる。

3 本件において瑕疵の有無の判断に当たり考慮すべき事項

(一) 対象外力の性格

護岸の対象外力である海の波や高潮は、格段に複雑な自然現象であり、生起確率も正確に把握できるまでには至つていない。この点は瑕疵の判断にあたり重要な前提事情として考慮されなければならない。

(二) 公共工事における財政的前提

本件の護岸工事は道路改良事業の一つとして実施されたものであり、その予算は、「一般国道改修費補助」のうち「道路改良費」及び「舗装新設費」に基づいてなされたものである。そして、右「道路改良費」及び「舗装新設費」の費用負担割合は、国が四分の三、県が四分の一である。しかるところ、かような予算の財源は国民がそれぞれの担税力に応じて負担する租税である。この租税を財源とする国民共同の費用は、大きく多様な行政需要に対して、民主主義のルールに従い国民自らの代表である議会が国民生活上の他の諸要求との様々な調整を図りつつその配分を決定するのである。しかも、予算はこのようなものであるから、予算の配分の決定及び執行は、適正かつ厳格な手続により行われなければならない。本件の道路改良事業においても厳格な細かい事務手続が取られている。本件護岸・道路工事のような規模の比較的大きい公共工事はもとより一朝一夕にして成るものではなく、しかも、これを実施するには莫大な費用を必要とするものであるから、右の財政的要因は本質的な属性といわざるをえず、その営造物の設置・管理に当然内在する特質の一つであり、右の瑕疵の有無を判断するに当たつては当然考慮されるべき重要な事情の一つであるというべきである。

(三) 施工途中の営造物の有すべき安全性について

本件護岸・道路の改修工事が完成するには、相当の期間を必要とし、財政的・技術的な諸制約のもとで右工事を実施しなければならず、このような諸制約のもとで一般的に施行される右改修工事による施行途中の営造物については、右工事が完成したことに伴う一定の技術的水準に則つたのと同一の安全性も保持できなければならないとするのは相当ではないことはいうまでもない。当該地域における過去の高波の発生状況、規模、程度、本件工事の継続期間等から予測しうるべき高波の危険の発生に少なくとも対応しうる安全性の確保で足りるというべきであり、右諸制約のもとで同種・同規模の護岸工事の設計施工上の一般水準ないし社会通念に照らして是認することができるいわば過渡的な安全性の具備をもつて足りるというべきである。

(四) 本件護岸の性格について

(1) 本件被災箇所付近の海岸一帯の地域は、本件当時海岸法三条の「海岸保全区域」には指定されていなかつた。したがつて本件箇所において施工されていた本件護岸は海岸法二条にいう「海岸保全施設」(津波、高潮、波浪等による被害から海岸を防護する施設)ではなく、先にのべたように道路改修工事の一環として実施されていたのである。したがつて、本件護岸につき海岸保全施設の築造の基準を定める同法一四条の適用もないことは言うまでもない。

一方、本件護岸の背後の道路は、道路法の適用を受ける同法三条一号の「一般国道」であり、構造上本件護岸は道路の一部を構成するものである。したがつて、本件護岸は、機能上は本件「道路」を波浪等の海の外力から防護する役割を担う構造と強度を有した安全性を具備することをもつて足りるのである。すなわち、本件護岸は、道路の構造の原則を定める道路法二九条の適用を受け、同条の定める安全性を具備したものであることが要請される。付言すれば、道路は一般交通の用に供することを目的とするいわゆる利用施設であつて防災施設ではないから(道路法二条一項参照)、同法二九条でいう安全性とは、それを利用する人に危険が及ばずこれを安全に利用できること、及び道路の周辺の人や財産に道路の存在を原因とする危険が及ばないことを意味しているものと解すべきである。

(2) 以上によれば、海岸保全区域に海岸保全施設を設置・管理する場合には、その設置・管理者は海岸法の趣旨に従い海岸(本件でいえば、道路にとどまらずその背後地域も含まれる。)を防護する設置・管理上の義務を負うものと解されるが、本件護岸のように道路法上の道路のいわば一構造物を構成するものであるにすぎない場合においては、道路管理者は道路を設置・管理するにつき道路を安全に利用できるようにすべき義務、また周囲に道路の存在を原因とする危険が及ばないようにすべき義務は基本的に負つているが、それ以上に道路の周囲の土地を波浪等による自然外力から防護すべき施設としての安全性を確保する義務を本来的に負つているものではないと解すべきである。

したがつて、本件の護岸・道路が現実には道路背後の土地等(本件建物もこれに当たる。)を海の高波等から防護する機能又は役割を併せ持つているとしても、右営造物の性格からして、そのような機能・役割は、本件護岸・道路が壊れないことによる付随的・反射的なものというべきである。このように、本件護岸・道路がその背後地の本件建物等を海の外力から防護することを積極的な目的としているものでないことは、本件において瑕疵の有無を判断するに当たつて一つの前提事情として考慮されるべきである(本件建物を倒壊させたのは、異常な高波と強風であつて、本件護岸・道路は右倒壊に直接関与していないことは先に述べたとおりである。)。

4 本件において瑕疵の有無を判断する基準

護岸の基本構造の決定内容及び設計内容(具体的には、(一)盛土方式の採用、(二)トライアン護岸の採用、(三)設計外力の決定、(四)設計内容)が格別不合理でなく、施工計画及び具体的施工内容も格別不合理なものでないときは、その後の事情の変動により、護岸設置予定箇所につき被災の危険性が特に顕著となり、設計条件・設計内容を変更したうえ、又はそれを変更しないまでも、当初の計画の時期を繰り上げもしくは工期を短縮し、あるいは工事の順序を変更するなどして早期に工事を実施しなければならないと認めるべき特段の事由が生じない限り、護岸の設置・管理に瑕疵があるとすることはできないと解すべきである。

5 本件護岸の設置・管理の瑕疵の有無

(一) 盛土方式を採用したことの合理性

本件国道の拡幅改良計画に当たつて、バイパス盛土案を採用したが、バイパス盛土方式は、本件国道の用途・役割、地形的・場所的条件、社会的条件、経済的条件を総合考慮してなされたものであつて、施設の最大限の多方面の利用、護岸背後の防護の保全、環境の保全といつた各種要請を満足させ相互に調和させる合理的な方式である。もとよりこの方式自体に安全面で問題点があるはずもなく、被控訴人の主張は失当である。

(二) トライアン護岸を採用したことの合理性

トライアン護岸は、波力のエネルギーを散逸させることによるすぐれた消波機能を有する安全な護岸である。したがつて、トライアン護岸を採用したこと自体に、安全性に関し問題がないのは勿論であるが、特に眺望を妨げないようにとの配慮(単に自然・環境の保全というにとどまらず、越前海岸一帯の貴重な観光資源の保全に資するものである。)をしてなされた合理的妥当な判断である。

(三) 設計外力の決定及び設計内容の合理性

(1) ここでの問題は、設計された護岸が通常予測される外力に対応する安全性(護岸がそれに働く外力によつて破壊されないこと)を備えているか否かということであり、その安全性は基本的にはどのような設計外力を対象として設計がなされているかによつて判断できるが、設計外力を前提とした護岸の設計の段階で、それよりも余裕のある安全性が確保されるのが通常であるから、設計外力の決定と設計内容の当否の点については一括して検討する。

(2) 本件の設計条件のうち、外力にかかわる「外力条件」(沖波波高、沖波周期、最高潮位)は、福井県の担当者が「既往最大主義」に則り、「海岸保全施設築造基準」(「築造基準」)及び「海岸保全施設築造基準解説」(「基準解説」)に従つて決定したものである。既往最大主義は、特に従来からの波や潮位についての観測状況を前提に、海岸を防護保全する施設の設計に際し従来から現在に至るまで一般的に採られて来た主義で、従来からの施工実績とも併せ、その合理性・妥当性を広く承認されている考え方である。

したがつて、設計外力を既往最大主義によつて決定した場合には、通常予測される外力を設計条件として採用したと評価すべきものである。本件について具体的にみてみると、本件における既往最大の外力条件の決定方法は、海岸保全施設の設計・築造に関する最高水準の権威ある設計指針である築造基準及び基準解説に従つたものであり、沖波(有義)波高七メートル、沖波(有義)周期一二秒の各数値は過去三〇年間の最大値、最高潮位プラス一・一三メートルの数値は過去二〇年間余りの最大値である。このような決定方法及び各数値を抽出した既往の期間の長さを考慮すれば、右の各設計条件は既往最大主義を適正に適用した結果得られた数値であるといえるから、結局本件では右各設計条件は、防災施設として考慮すべき通常予測される外力を採用したものというべきである。

(3) 次に設計内容の妥当性についてみてみると、設計条件のうち現地の地形に関する地形条件も妥当であり、設計内容(構造・規模の決定)も妥当である。

ところで、このような設計条件を前提とする護岸の設計に際しては、更に安全性を高めるべく、施設の規模の決定においては余裕高を、構造計算においては安全率を与えることになつており、本件の検討書(乙第四号証の一)でも、余裕高及び安全率が適正に与えられているし、計算にあたつては常に安全側になるような方法が採られている。また、検討書による安定計算(トライアンブロツクが波力によつてばらばらになつて決壊しないか否かの計算)においては、ブロツクの自重のみが波による揚圧力に対する抵抗力として考慮されているが、現実の護岸においては、ブロツクは上下左右にかみ合い、かつ背面筋を介して背後の壁体コンクリートと密着して、全体として一体化しているから、現実の護岸の抵抗力は検討書の安定計算における自重のみによる抵抗力を大きく上回つていたと考えられる。更に、過去の被災の経験から、海岸堤防は護岸による前面被覆のみでなく、設計波を上回る高波などにより越波が生じても破壊されない堅牢なものとするとの趣旨でいわゆる三面張り(表のり、天端、裏のりの三面の被覆)とすることとなつているが、その効果が顕著なものであることは既に実証されているところである。本件の護岸についても、築造基準・基準解説の示す指針に従い、いわゆる三面張り構造とする計画であつた。本件の事故は、このような役割を担う背後の歩道舗装工事を施工中に発生したものである。

(4) 以上述べたとおり、本件護岸の設計に際し採用した設計外力は、防災施設としての本件護岸が「通常有すべき安全性」に対応した「通常予測すべき外力」と評価できるものであるが、その外力を前提とする本件護岸の設計内容は、更に二重三重に安全性が確保されており、大変余裕のある安全度を有するに至つていると評価できるものである。したがつて、本件設計による(完成した)護岸は「通常有すべき安全性」を有するものであることが明らかである。

(四) 具体的な施工内容、施工方法の妥当性

施工計画・施工時期の当否の点は後に検討することとして、標記の点につき先に述べる。護岸各部の施工については、築造基準・基準解説及び一般の土木工事の準則・方法により、厳密な品質管理・慎重な諸検査を含む適切な方法で実施している。

被控訴人の主張する基礎コンクリートの強度不足の点については、基礎コンクリートは本件の高波によつても何の被害も受けておらず、工法も妥当で、各種検査によつて適正に施工されていることが確認されている。

次に、排水設備も、適切に設置しており問題はない。

このように、本件護岸の具体的な施工内容に何ら問題とすべき点はないから、本件護岸が被災したのは、当時の来襲波のもたらす広義の外力が当時の護岸の持つている抵抗力を上回つたことによるものということができる。したがつて次には、施工計画の合理性・妥当性を検討しなければならない。

(五) 施工計画の合理性

(1) 本件の護岸・道路工事の施工計画の概要は、総延長を三区間に分け、昭和四八年度から昭和五〇年度の三年度で各区間につきそれぞれ護岸の築造と道路本体(背後盛土)の施工を行い、昭和五一年度に護岸背後の車道・歩道の舗装を完成させ、昭和五二年度以降に消波工を設置する、というものであつた。

(2) 本件米ノ地区の道路・護岸工事において消波工を護岸設置よりも先に施工するものとすると、当然護岸設置予定箇所から離して沖側に山形に設置せざるをえず、その場合の断面は当然大きくなるから、大幅な経費の増大を招くことになる。またそのような施工方法では、米ノ地区では地形の関係でブロツクは海側から船で運んで設置せざるをえないが、それ自体道路側からクレーンで設置するのに比較して莫大な経費増となるし、水深及び岩磯の関係で船が護岸設置予定箇所に近付けないことも考えられる。消波工を先に施工する場合は基準解説に示される離岸堤となるが、本件では大きな投資をして離岸堤の持つ特別の機能を追求しなければならない事情はない。したがつて、本件米ノ地区の道路・護岸の設計について、離岸堤を採用せず、消波工を採用したことは合理的であり、そして、本件の設計における消波工の設置は、時間的順序としては、護岸及び背後の道路本体の施工後にこれを行うことが当然の前提となつているのである。

(3) そこで次には、(1)で述べた施工計画がはたして不合理なものでなかつたか否かについて検討しなければならないが、施工の期間の「長さ」の点を別にすれば、(1)で述べた施工計画は、施工の「順序」自体は(2)で述べたところに照らし妥当なものであることは明らかである(道路舗装と消波工の先後については後述する。)。

本件の米ノ地区の道路・護岸工事は、昭和四六年度から企画された一般国道三〇五号線の道路改良工事の一部で、福井県知事が国の機関として行つていたものであるが、同知事が管理するこのような一般国道について改良事業が必要な箇所は県下に多数存在するのであるから、投入できる予算の下で、各道路の整備状況、重要度等を総合勘案し、改良事業の必要性・緊急性の高いものから、順次これを実施していくべきものである。しかも、改良事業の実施については、県下の一般国道全般について相互に均衡のとれた整備をしていくことが必要である。このような趣旨で、福井県知事においては、県全体で常時一五程度の工区を設定し、相互に均衡を取つて順次必要な改良事業を施行しているのである。本件の米ノにおける国道・護岸の築造工事は、工区の一つである越前町工区の一部の工事である。

本件米ノ地区の道路改良工事が含まれる一般国道改修費補助・道路改良費の予算の配分状況は乙第九九号証に示すとおりである(なお同証の金額は、乙第四五号証の予算費目の道路改良費だけであり、舗装新設費は含まれていない。)。その中で国道三〇五号線についてその予算配分をみると、昭和四八年から同五一年度の四年にわたり各年度の福井県全体の一般国道改修費補助・道路改良費(一四億円程度)の三二・六~四五・八パーセントを占めている。そして、そのなかで越前町管内の四工区(すなわち、午房平、米ノ、梅浦、玉川~梅浦)は県全体の八・四~一九・〇パーセントを占め、そのうち米ノ工区は県全体の予算の二・〇~三・五パーセントを占めていて、昭和四八年当時福井県知事が管理する改良を必要とする一般国道一五七号、一五八号、一六二号(いずれも昭和四八年から同五一年度県の道路整備の重要課題として整備を要した。)各線に比べてもより多額の投資をしている。三〇五号線は、勿論地域の重要な生活幹線であるが、さらに観光開発を目的とする観光道路としての性格も強い路線であるからである。さらに米ノ工区を他の越前町管内の三工区と比較すると、昭和四八年度・同四九年度には最大の投資をしている。昭和五〇年度・同五一年度においては他の工区玉川~梅浦工区に格段の予算配分をしているが、これは、米ノ工区の北約一・五キロメートルにある越前岬トンネルの新設のための予算配分した結果である。すなわち、旧越前岬トンネルは老朽化が著しく、常に落石の危険があり、道路交通上から三〇五号線の最大の危険箇所となつていたので、トンネルを海側へ新設することが道路管理者として緊急かつ重要施策だと判断されたからである。以上のような理由により、本件米ノ地区の道路・護岸の工事は、数年に分けてこれを施行せざるをえない。

(4) 自然の外力と直接接する箇所における施設の工事は自然が静穏な時期に行い、静穏でない時期にはこれを行わないのが原則である。これは、自然の非静穏時に工事を施工した場合には、施工中の施設が破壊されることにより大きな危険と大きな費用のロスが生ずる蓋然性が高く(施工中の施設が破壊されれば、大きな手戻りが生じる。)、そのような危険や手戻りを防止しようとすれば、大きな費用を投じて施工中の施設を防禦するための施設をあらかじめ造つておくことが必要となるが、そのようなことが予算の合理的執行でないことは明らかであるからである。本件についてみると、日本海は冬期は波が高く、夏期は静穏であるので、この日本海が静穏な時期に工事を行うのが妥当であるし、現にその静穏な時期に工事を行つてきた。

(5) そこでそのように数年に分けて施工する場合には、安全面及び利用面でできるだけ投資効果(あるいは経済効果)の大きい方法を利用して許容される安全性を確保するのが必要であるし、そのような方法が合理的というべきである。

まず安全性の面からみてみると、護岸工事とその背後の盛土工事が完了すれば、既往最大の設計波に対しても、検討書による安定計算上抵抗力(ブロツクの自重のみで構成される。)と波による揚圧力との比は一・一三四となつて(証拠略)、まず安定と評価することができるものである。加えて、検討書は、安定計算上通常使われている波圧の見積法によるものよりも大きな値を使用しており、また、現実のトライアンブロツクの抵抗力は、背後の壁体コンクリートとの密着及び上下左右のブロツクのかみ合わせによる一体化により、自重のみによる抵抗力を大きく上回つていると考えられるから、これらの事情を総合すれば、背後の舗装(被覆)はなくても、護岸と道路本体ができれば、設計波であつても、その波の力により護岸が破壊されることはないと考えられる。

次に護岸背後の道路(車道・歩道)が舗装により被覆がなされた場合には、護岸の安全度は更に高まり、設計波に対しては、その波力に対し安定であるのは勿論、越波により護岸が破壊されることもほとんどないと考えられる。したがつて、護岸と道路本体の築造がなされれば、既往最大の波の波圧に対してひとまず安全な護岸となり、更に道路舗装がなされれば、越波による利用面の支障を除けば、破壊されるおそれのほとんどない安全な護岸となるものということができる。費用面でも、護岸背後の道路舗装の費用は、消波工設置のそれに比べはるかに少額で足りるし、道路を舗装すれば供用開始が可能となつて、利用面でも効果を発揮させることが可能である。したがつて、限られた予算の投入方法としては、消波工より道路舗装を先行させることが、安全面・利用面の双方において投資効果の大きい合理的なものというべきである。

ところで、右の議論は、既往最大の設計波を対象として行つたが、そのような波は三〇年(高波、周期)とか二〇年余(潮位)という長い期間における最大のものであつて、その正確な生起確率を計算することはできないが、常識的な意味において稀にしか来襲しないものである。それに至らない波しか来襲しないのが通常の事態ということができる。したがつて、そのような「通常」の事態を想定すれば、道路の舗装まで完了していれば充分安全な護岸といえるし、舗装がなくてもやはり安全な護岸との評価に値するものというべきである(よしんば、設計波に近い波が来襲しても、継続期間が本件の来襲波のように異常に長いものでなければ、破壊されるといつた事態は通常考えられない。このことは、福井県においては従来からこのようなやり方で護岸工事を各所で多数施工して来たが被災するといつたことはなかつたこと、本件の国道工事においても昭和四八年一二月に有義波高七・〇一メートル、同四九年三月に同六・五八メートル(いずれも福井港における測定値であるが、本件護岸の設置地点でも同様の高波が来襲していたと思われる。そしてこの時の波はいずれもかなり継続時間も長い。)の波が来襲しているが何も問題が起きなかつたことからも、充分裏付けられているということができる。また、本件においては、護岸が破壊されたのは一〇月二九日午後三時過ぎ頃であるとされるが、そうだとすれば、記録異常が生じるような異常な高波が数時間も間断なく打ち寄せた後に護岸は破壊されることになるから、この事情も施工途中の本件護岸の安全性の程度を示す一事情といえよう。

次に利用面での投資効果の点について簡単にみてみると、先にも少し触れたが、本件の国道改良工事は、そもそも右国道の水産物の輸送道路、地域住民の生活道路、観光用道路としての機能を増進させるため実施されたものであるから、なるべく早期に道路として使用できるように考慮することが当然必要である。

以上の諸点を考慮するならば、数年に分けて施工する場合には、護岸の安全面及び道路の利用面からいつて、前記(1)の施工計画が最も合理的であるというべきであり、かつ、施工途中の護岸の安全性もそのような過渡的安全性として許容される程度のものであるといえるから、結局右の施工計画は、護岸の設置・管理の瑕疵の判断基準からしてきわめて合理的であつたというべきである。

(6) 次に道路舗装工事の工期設定についてみると、昭和五一年度に護岸背後の道路の舗装工事(正確には、路盤工、車道舗装工、歩道舗装工)に着手したが、契約上の工期にかかわらず、工事は同年一一月中旬完成を目途に進められた。そして工事は遅滞もなく順調に進められ、本件被災当日には、本件決壊場所付近約一三〇メートルの歩道の舗装工事のみを残して、他の車道・歩道の舗装は完了していた。被災当時の工事内容をやや詳しく述べると、未舗装部分の路盤工は終了し(路盤工の施工により、道路面はかなり強固なものとなつていたといえる。)、防護柵の基礎工事が行われている最中で、それを実施後一一月五日頃までに「舗装」自体は終える予定であつた。この舗装が終了すれば、護岸背後は完全に被覆された状態となるから(防護柵の基礎部分からの漏水は起こらない。)、本件の事故は、文字通り護岸背後の被覆が完了する直前(一週間前)に起こつたものということができる。これに対し、従来の経験からすると、米ノ周辺の日本海沿岸で波浪が高まるのは(冬期波浪)、一一月中旬以降である。この点との対比で考えると、護岸背後の舗装工事の工期設定もきわめて妥当なものであつたということができる。

(7) 以上に加えて若干補足する。まず、道路舗装を昭和五一年度に全延長まとめて施工することにしたのは、最も大きな理由としては他の工事との関連で均衡を取りつつ予算配分しなければならないことによるが、一つには技術的ないしは経済的理由からも、全延長まとめて施工するのが妥当であつたことによる。すなわち、短い区間に分けて施工すると継ぎ目ができて自動車の走行に都合が悪いし、舗装後工事用車両が頻繁に行き来することによる破損も危惧され、また費用面でも経済的でないのである。

(六) 右(一)~(五)のまとめ

本件当時、本件護岸はいまだ工事途中の未完成の護岸であつたが、本件護岸の抵抗力の程度、過去の波浪の発生状況、本件護岸工事の工事期間等の諸事実からすれば、本件護岸は、従来の経験から工事期間中に普通に予測しうる波浪の危険の発生を防止して本件背後地の安全をも確保し得るものであつたといえるのである。このように、本件護岸は・護岸工事・道路工事に伴う時間的、財政的、技術的制約のもとで設置される護岸の設計施工上の一般水準及び社会通念に照らして是認することができるものであり、しかも、本件護岸の構造、規模は安全性に欠けるものではない。結局、本件護岸は本件施工計画のもとで施工中の護岸として当然十分許容される安全性を有していたものというべきであり、後述するように早期に工事を実施すべき特段の事由もないから本件護岸の設置・管理に瑕疵があるとは認められないことは明らかである。

(七) その後における特段の事情の存否

右に述べたように本件護岸の基本構造・設計内容、並びに施工計画・具体的施工内容は合理的なものであり、しかも、本件護岸は、本件地域における過去の波浪発生の状況、規模、態様に照らして本件護岸の工事期間等において普通に予測しうる波浪の危険を防止してその背後地の安全を確保するに足りるものであるから、早期に工事を実施しなければならないと認めるべき特段の事由が生じない限り、護岸の設置・管理に瑕疵があるとすることはできないと解すべきである。

本件護岸・道路工事は大規模なものであり、必要な各工程を経て行うものであるから、一朝一夕に完成しうるものでなく、相当の期間を必要とするものである。また、海の波は、芒漠たる自然現象であり、その発生の規模、発生時期、地域、作用、程度等を事前に予測することが極めて困難であり、危険状態を的確に把握することは不可能である。しかも、それは巨大なエネルギーを包蔵するものであるから、仮に大きな高波が察知できたとしても、迅速かつ簡易な危険回避の手段がないのである。加えて、本件波浪は、極めて特異な規模が異常に長時間高波が来襲したというものであり、これを事前に予測することは不可能であつたし、まして本件事故発生の危険回避に必要かつ可能な損害発生防止措置を講ずることも不可能であつた。本件護岸工事は、本件事故に至るまでは極めて順調に工事が進捗していたのであり、しかも、この間、本件工事の実施に伴つて本件地域に対する波浪による危険発生が特に顕著になり、これを放置しておくことが護岸の設置・管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認することがてきないと認められるような特段の事情が生ずる場合には、本件護岸工事の施工者としては、当然にこれに対する対応措置を講じなければならないのであるが、本件においてはこのような事由が生じたとする特段の事情は認められず、したがつて、本件護岸の設置・管理に瑕疵はなかつたというべきである。なお、もとより本件国道の未完成の状況下で被控訴人が旧家屋を取り壊し岩を取り払うなどして本件建物を建築したことは、本件護岸工事施工者の管理支配の領域外の事由であり、右特段の事由に該当しないことは言うまでもない。

三 過失相殺

本件建物の倒壊は、本件国道が未完成であるのに、被控訴人が海側からの波や風の力に強い構造となつていた旧建物を取り壊し、旧建物を防護する形になつていた海側の岩や石垣・コンクリート塀を取り払つて、海側に開口部を有する本件建物を建築したこともその一つの原因をなしていることは明らかであるから、控訴人は仮定的に過失相殺を主張する。

【参考】第一審(東京地裁昭和五三年(ワ)第八九九号 昭和五八年五月三〇日判決)

主文

一 被告は、原告に対し、金二一四四万八八五二円及び内金一七三九万三六六〇円に対する昭和五一年一〇月三〇日から、内金三〇五万五一九二円に対する昭和五三年二月一四日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた採決

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、二八五二万八九〇〇円及び内金一八〇三万七四〇〇円に対する昭和五一年一〇月三〇日から、内金九四九万一五〇〇円に対する昭和五三年二月一四日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 第一項に限り仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 原告について

原告は、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を昭和五一年七月一〇日建築し、本件建物竣工と同時に同建物において民宿営業を営んでいたものである。

2 水害の発生

被告は、石川県金沢市から福井県南条郡河野村赤萩に至る一般国道三〇五号線につき、その交通量の増加に伴う混雑解消のため、昭和四八年度から拡幅改良工事を開始したが、本件建物付近においては、昭和四九年七月一六日、右国道のバイパス工事に着工した。右国道のバイパスである新設道路の本件建物付近の様子は別紙図面(1)のとおりであり、本件建物の東側に隣接し、その西側が日本海越前海岸に接しており、日本海に接する西側部分には護岸が施されている。(以下、国道三〇五号線のうち、別紙図面(1)の部分を「本件国道」という。)

昭和五一年一〇月二九日、最大瞬間風速約二四・五メートルの暴風による高波のため、同日午後三時ころ、前記護岸は崩壊し、さらに、本件国道をも決壊するに至り、同所道路側溝L字型コンクリート、道路のアスフアルト、護岸表のりを構成するトライアンブロツク及び道路敷の多量の土砂を捲き込んだ波浪は海岸から約二五メートル離れた本件建物内に侵入し、本件建物を倒壊し、一切の家財とともにこれを流失させた(以下「本件水害」という。)。

3 本件護岸及び本件水害の概況

(一) 本件国道工事

(1) 本件国道付近は、元来、海岸地帯で岩磯や入江も存在したが、本件国道の建設にあたり、約一一〇メートルの長さにわたり岩磯・土石を剥離・採掘し、約四五一〇立方メートルの土石を採取した他、従来、原告方西北に存在した入江(面積約四五〇平方メートル)(以下「本件入江」という。)も埋立てた。

(2) ところで、本件入江は、幅員約一〇メートル、長さ約五〇ないし六〇メートル、深さ約六メートル程のものであつて、三箇所の沢から水が流入し、特に背後の山に降雨がある際には、多量の雨水が流入していた。そして、本件入江は、周囲に点在する岩磯とともに打寄せる波浪の波力を緩和減殺し、原告方建物の安全維持に寄与していたものである。

(二) 本件護岸の状況

本件国道の護岸(以下「本件護岸」という)は、在来岩壁から、埋土部分が約六メートル、盛土部分が六・五一メートルの計約一二・五メートルの厚さで、約一〇メートルの長さにわたり埋立を行い、他方、海側に高さ六メートル、厚さ三〇センチメートル、長さ一〇メートルの控え壁式コンクリート擁壁(以下「バツトレス」ということもある。)があり、さらに、その海側にコンクリート製の高さ各一・二メートルのトライアンブロツクが五段積まれている。そして、右各擁壁の上部に約一・五メートルのコンクリート製岸壁を設置している。控え壁式コンクリート擁壁の下に海底地盤から約六・五メートルの高さのコンクリート基礎があり、また、五段に積まれたトライアンブロツクの下には海底地盤から高さ約六・五メートル以上に及ぶと推定されるコンクリート基礎があり、その海底の再先端、再深部の基礎は七メートルないし八メートルの厚さに及ぶと推定される。なお、右基礎部分は、いずれも、水中コンクリート工法により打設されている。

以上の本件護岸の状況を図示すると別紙図面(2)のとおりとなる。

(三) 原告家屋の流失

(1) 昭和五一年一〇月二八日午後九時一〇分過ぎには、福井気象台から強風波浪注意報が出され、本件当日である翌二九日になつても風が強く、曇時々雨という天候で午後三時には、降雨を伴つた最大瞬間風速約二四・五メートルの強風となり、午後五時五〇分強風波浪高潮注意報が出され、日本海から越前海岸に向つて打ち寄せる波浪は猛烈を極めた。

(2) 原告方では、本件護岸を越えて来る高波に対し、種々の波止めの策を講じたものの、午後になり、高波により運ばれて来る埋立用の小石諸共に本件建物を直撃し、まず風呂場のガラス窓が、次いで玄関横の部屋のガラス窓がそれぞれ破られて浸水するに至り、さらには、波が運んで来るL字型コンクリート製側溝、排水用コンクリート溝が家屋内に侵入し、壁や柱に衝突してこれらを破壊し危険な状況になつたため、家族全員が近隣の小川菊治方に避難した。

(3) 午後三時過ぎころ、本件護岸が板を倒すように海の方に落ち、赤い埋土の水煙が高く上り、それからは、波によつてアスフアルト舗装部分が完全に剥離され、道路下部の埋土中に存する大小の石、道路用のコンクリート材料、L字型排水溝、アスフアルト、トライアンブロツク等が本件建物内に侵入し、建物内部の壁を割る音、柱を折る凄まじい音がし、これが一時間以上も続いた。原告は波の合間をみて本件建物を見に行つたが、内部は波や石で破壊されており、さらに午後五時すぎに押し寄せた大波が去つたときには、本件建物は倒壊していた。

4 被告の責任

(一) 本件国道の設置・管理

本件国道の新設工事は、道路法第一二条但書により福井県知事が工事を行い、同法第一三条第一項のいわゆる指定区間外の部分として同知事が管理しているが、これら県知事の行為はいずれも被告の機関委任事務として行われているものであつてその新設に要する費用は被告国が分担し、その管理事務は国の事務とされている。

(二) 本件国道の設置・管理の瑕疵

(1) 本件国道を設置した地点は、海側に突き出し湾曲した部分で、海側は水深が深く、陸側には深くえぐれた入江が存在しており、従前から波の集中する箇所であつた。本件建物の西北に位置した本件入江が、波力の減殺効果を営んでいたのは、前述のとおりであるから、本件建物付近に道路を築造するに際しては、従来の地形・地質・潮流等の自然条件を考慮し、波止めの効果を有していた岩磯を根こそぎ剥離するようなことは避け、入江部分はそのままにし、その上に橋を設置する等自然の条件を生かし、これを利用した方法で道路工事計画を樹立すべきであつたにも拘わらず、本件バイパス工事を施工した福井県知事は、岩磯を剥離し、本件入江を埋め立て、一部を宅地とし、一部を道路用地とした。

(2) 本件国道を設置した地点は、周囲よりも一段と海側に突出している地形で、山側旧国道からの雨水・地下水も集中してくる地点であるから、これに対応しうる強度をもつた護岸設備や排水管地下排水溝等の排水設備の設置が不可欠であるが、本件国道はそのような設備を欠いていた。すなわち、まず、壁体コンクリート部分とバツトレス部分とには鉄筋がなく、波力や陸側からの土圧に対する抵抗力を欠いており、また、トライアンブロツクはブロツク相互のかみあわせが外れ易く、波浪からの揚力に弱く、動きやすい欠点がある。さらに、海水を排除しない水中コンクリート工法は、海水を排除してコンクリートを打設した場合に比して養生条件が劣悪であり、そのため、コンクリートの強度不足の原因を招来するものであるところ、本件水害地点は岩磯地帯でもあり、海水を排除して施工する工法も可能であるにも拘わらず、水中コンクリート工法を採用したため、強度不足を招来したものと推定される。

(3) 仮に以上の諸点が本件水害の原因でないとしても、本件護岸の沖合に本件水害後設置されたようなテトラポツトが存在していたならば、その消波効果により本件水害は発生しなかつたものと考えられる。

(三) 本件国道の設置・管理の瑕疵と本件水害の因果関係

道路が本来有すべき安全性の基礎として、道路の構造は、当該道路の存する地形・地質・気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全性を保持しうるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならないところ、前記のとおり、福井県知事の道路及び護岸の構造計画及びその施工工事は、当該道路の存する地域の地形等自然条件に対する配慮を欠き、脆弱、杜撰な工事を施工したため、通常の衝撃に対する安全性を欠如していたものである。

ところで、本件建物の倒壊の原因は、道路側溝L字コンクリート、道路のアスフアルト、トライアンブロツク及び道路敷の多量の土砂を捲き込んだ波浪が押し寄せたことにあるから、これは、道路が有すべき安全性を具備していなかつたこと、具体的には道路計画及びこれに基づく工事自体に内在する瑕疵があつたことによるものであるというべきである。

5 損害

(一) 建物関係 一一〇〇万円

原告は、本件建物を昭和五一年七月に新築したが、本件水害により喪失した。ところで、本件建物は、昭和五〇年一二月三一日、原告が、四ヶ浦木材株式会社に代金一六〇〇万円で新築を請負わせたものであるが、右金員から建物更生共済契約による農業協同組合から支給を受けた保険金五〇〇万円を控除した額である一一〇〇万円が損害金となる。

(二) 電気工事代金 六〇万円

(三) 家財道具類 二八〇万四五〇〇円

(四) 民宿営業用什器備品 三六三万二九〇〇円

(五) 営業上の逸失利益 八四九万一五〇〇円

昭和五一年一〇月三〇日より同五三年一月三一日にいたる一年三ヶ月間(四五九日)の逸失利益であつて、一日当り純益金一万八五〇〇円として算出した。

(六) 慰藉料 一〇〇万円

原告方は、原告夫婦子供二名、原告の両親の計六名で、本件建物を民宿として利用し生活を営んでいたが、本件水害により原告は職業と住居を喪失した。原告が本件水害により受けた精神的損害は一〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

(七) 弁護士費用 一〇〇万円

日本弁護士連合会の報酬規定の範囲内で金一〇〇万円

6 結論

よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、第5項記載の損害合計金二八五二万八九〇〇円及び右金員のうち第5項記載の(一)ないし(四)記載の合計金一八〇三万七四〇〇円については不法行為の翌日である昭和五一年一〇月三〇日から、また、(五)、(六)記載の合計金九四九万一五〇〇円については訴状送達の翌日である昭和五三年二月一四日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は知らない。

2 請求原因2の事実のうち、被告が、石川県金沢市から福井県南条郡河野村赤萩に至る一般国道三〇五号線につき、交通量の増加に伴う混雑の解消のため昭和四八年度から拡幅改良工事を開始し、本件建物付近において、昭和四九年七月一六日、右国道のバイパス工事に着工したこと、本件国道が、本件建物の東側に隣接していること、その西側が日本海越前海岸に接していること、西側部分には護岸が施されていること、昭和五一年一〇月二九日最大瞬間風速約二四・五メートルの強風が吹いたこと、本件建物付近の海岸に高波が押し寄せたこと、本件建物付近で本件国道が一部決壊したこと、道路側溝L字型コンクリート及び海水が本件建物敷地付近まで侵入したこと及び本件建物が倒壊したことは認めるが、その余の事実は知らない。

なお、右強風が最大瞬間風速二四・五メートルを記録したのは、午前一一時三〇分ころであり、本件建物が倒壊したのは、午後三時から四時にかけてである。

3 請求原因3(一)(1)の事実のうち、土石の採取量が約四五一〇立方メートルであつたとする点及び入江の埋立面積が約四五〇平方メートルである点は否認し、その余の事実は認める。

4 請求原因3(一)(2)の事実のうち、原告主張の本件入江が存在したことは認め、その余の事実は知らない。

5 請求原因3(二)の事実は認める。

6 請求原因3(三)(1)の事実のうち、最大瞬間風速を記録した時刻が午後三時であつたとする点は否認し、その余の事実は認める。

7 請求原因3(三)の(2)及び(3)の事実のうち、道路側溝L字型コンクリート及び海水が本件建物敷地付近まで進入したこと及び本件建物が倒壊したことは認めるが、その余の事実は知らない。

8 請求原因4(一)の事実は認める。但し、本件水害現場付近の道路建設は、道路の新設ではなく、改築にあたるものであり、また、右部分の改築に要する費用の全額を被告が負担したわけでなく、被告の負担率は四分の三とされていた。

9 請求原因4(二)(1)の事実のうち、本件国道を設置した地点が海側に突き出し湾曲していること、入江が存在していたこと、被告が道路部分の岩礁を除去したこと及び入江の一部(道路部分)を埋め立てたことは認め、その余の掘削及び埋立を被告が行つたことは否認し、その余の点は不知ないし争う。

10 請求原因4(二)(2)の事実のうち、本件国道を設置した地点が周囲よりも海側に突き出していることは認めるが、その余の点は争う。

11 請求原因4(二)(3)の事実については争う。

なお、本件護岸完成後には、その沖合へ消波ブロツクを設置することになつており、安定計算上もその設置が前提となつていたが、右安定計算によれば、消波ブロツクが存在しなくとも、設計最大波高の波には十分に耐えられるのである。なお、消波ブロツクの設置は、施工方法上の制約等から本件護岸が完成した後でなければできないのであり、本件の場合その未設置は、工期との関係からやむを得ないものであつた。

12 請求原因5の事実は争う。

すなわち、本件建物の所有者であり、民宿の事業主であるのは、原告の父寺本喜之助というべきであり、仮に本件建物の所有者・民宿の事業主が原告であるとしても、〈1〉本件建物の請負工事代金は一二〇〇万円しか支払われていないこと〈2〉喪失物品については、減価償却がなされていないし、また、その存在及び価額についての立証が極めて不十分であること〈3〉逸失利益については、人件費等の必要経費が算定の際に十分に考慮されていないうえ、民宿のにぎわう夏のシーズンを算定の基礎にするのは相当でなく、また、損害額の計算期間も相当でないこと等の点を考えると、いずれにせよ、原告の損害額の主張は失当である。

三 請求原因に対する反論

1(一) 国道三〇五号線は、交通量の増大に伴い、拡幅改良工事が企画され、右工事は、昭和四八年度から開始されることになつたが、本件水害地点付近は、道路沿いの両側の土地一杯に家屋が密集しており、また、背後には急峻な山岳が存在し、現道の拡幅は不可能であつたため、その海側にバイパスを建設する方法により拡幅工事を行うこととした。

(二) 本件護岸工事の概要

本件護岸は、地元の要望を容れ、走行車からの視界を妨げないように護岸天端高をできるだけ低くすることとし、技研興業株式会社が開発した消波タイプのトライアン護岸を採用した。

本件護岸の安定計算は、技研興業株式会社から提出された設計資料にもとづいて行つたのであるが、その前提とした諸条件の主要なものは次のとおりである。

(1) 水深 マイナス五メートル

(2) 海底勾配 一五分の一

(3) 最高波高(有義波) 七メートル

(4) 最高潮位 プラス一・一三メートル

なお、最高波高及び最高潮位については、周辺の観測資料がないため、昭和四六年五月に作成された福井港港湾計画資料による数値を参考にして決定されたものである。本件護岸付近と福井港付近は地形が類似しており、その相違は、護岸の安定計算上無視することのできる程度のものである。

本件護岸は、最高潮位の状態で最高波高の波が襲来しても、これに十分耐えられるように設計されているのであるが、右最高潮位は、福井港における既往の最高潮位と同じ数値であり、前記最高波高の数値は、福井港において観測された最高波高より大きく、計算上は約二〇〇年に一度の確率でしか生じないものである。

(三) 本件国道工事の概要

(1) 護岸及び背後盛土工事

(i) 工期

昭和四九年七月一六日から昭和五〇年三月三一日まで

(ii) 延長 一一〇メートル

(iii) 施工方法

(ア) 基礎コンクリート部分及びバツトレス基礎部分

基礎コンクリート部分は海水を排除しない水中コンクリート工法で工事し、コンクリートの打設にはコンクリートポンプを用いた。バツトレス基礎部分は、右基礎コンクリート部分完成後海水を排除し、空気中でコンクリートを打設したものである。それぞれの仕様は、別表(一)のとおりである。

(イ) トライアンブロツク部分及び壁体コンクリート部分

(ア)記載の各基礎部分の工事と並行し、トライアンブクツクを製作し、コンクリート打設日から四週間以上経過したものを用いて、布積方式で二段又は三段の高さに積み上げ、背面に壁体コンクリートを打設し、約一週間経過したのちさらに残りのトライアンブロツクを積み、合計五段とし、壁体コンクリートの残部を打設したものである。それぞれ仕様は別表(一)のとおりである。

(ウ) 盛土部分

トライアンブロツクの積上げ及び壁体コンクリートの打設を行う間に別紙図面(2)の〈3〉の部分に盛土を施し、順次転圧する。

(2) 下層路盤等工事

(i) 工期

昭和五一年七月九日から同年八月五日まで

(ii) 延長 三六一メートル

(iii) 施工方法

(ア) 下層路盤部分

先の転圧された転土の上に比較的支持力の小さい砕石等の材料を二層に分けて合計三〇センチメートルになるようにローラーで転圧する。

(イ) 現道接続部分

旧国道との接続部分に、路側ブロツク積及び排水溝を設置する。

(3) 道路舗装工事

(i) 工期

昭和五一年八月一〇日から昭和五二年一月二一日

(ii) 延長 三六一メートル

(iii) 施工方法

(ア) 上層路盤工

下層路盤の上に片側車線ずつ交互に厚さ六センチメートルに達するまでアスフアルト及び砕石等を混合した材料を敷きならし、締め固めるいわゆるアスフアルト安定処理を施工する。

(イ) 基層工

上層路盤完成後、その上に片側車線ずつ交互に厚さ五センチメートルに達するまで、アスフアルト粗骨材、細骨材及びフイラーの合成粒度の粗い加熱混合物を敷きつめる、いわゆる粗粒度のアスファルトコンクリートを施工する。

(ウ) 表層工

基礎工完成後、その上に片側車線ずつ交互に厚さ五センチメートルに達するまで、アスフアルト、粗骨材及びフイラーの合成粒度の細い加熱混合物を敷きつめる、いわゆる細粒度アスフアルトコンクリートを施工する。

(エ) そのほか、歩道部分(下層路盤工厚さ一〇センチメートル、表層工厚さ三センチメートル)及び必要な附属構造物(U字側溝など)の施工をする。

(4) 本件国道のうち、高波によつて決壊した部分付近の一三〇メートルの区間は、本件水害当時、道路舗装工事のうち、歩道部分の工事が進行中で本件水害の前日ころまでに防禦柵の基礎工事を行い、その後、舗装を完了する予定であり、したがつて、本件水害当時、右一三〇メートルの区間は舗装未了の状態であつた。

(四) 本件国道の排水処理

旧道東側の排水は、幅九〇センチメートル、高さ六〇センチメートルの水路で旧道を横断し、本件入江に流入していた。このため、本件国道建設に当つては、従前の水路に従前の水路断面よりも大きな幅一・〇メートル、深さ一・〇メートルのU字溝を連結し、さらに幅九〇センチメートル、高さ九〇センチメートルのボツクスカルバートを接続して本件国道下を横断させた。

2 本件水害の概要

(一) 気象の概況

昭和五一年一〇月二九日、発達した低気圧が東北東に進み、北海道に達した。右低気圧は、その中心部の気圧が九八四ミリバールで、その中心から南西に寒冷前線がのび、一方、大陸より張り出した高気圧が遠く華南に位置したことから、福井県地方は西高東低の冬型気圧配置となり、北西の季節風が強まり、特に沿岸部では強風に伴う波浪が高まつた。

同日における右強風及びこれに伴う波浪の概要は次のとおりである。

(1) 風速(福井気象台調べ)

平均最大風速 一七・三メートル

瞬間最大風速 二四・五メートル

(2) 波高(福井港におけるもの)

別表(二)のとおりであるが、最高波高(有義波)は、七・四メートルであつた。

(3) 潮位

潮位は欠測であるが、越前町小樟の四ヶ浦漁港において、漁業協同組合集荷場のある岸壁(天端高プラス一・五メートル)が冠水しているので、福井港で観測された既往最高潮位プラス一・一三メートルを大幅に上廻つていることは明白である。

(二) 本件水害の概況

昭和五一年一〇月二九日午前九時三〇分頃、国道三〇五号線のうち本件国道部分から福井県丹生郡越前町梅浦地区にかけての部分について海岸からの越波、冠水が激しくなり、午後一一時ころには県道武生米ノ線の交差点付近でますます大きくなる高波により越波した海水が道路にあふれ、歩行者及び自動車の通行も危険な状況となり、直ちに通行制限の措置がとられた。

午後一二時ころには、本件国道付近でも、波が高く、越波も激しくなり、危険な状況になり、さらに午後四時ころには、本件国道付近に約五〇センチメートルの冠水が生じ、歩行は不可能な状態となり、本件国道付近の道路山側に接する家屋の屋根を飛び越すような大きな越波も来襲し、冠水した道路上では流木等が波に洗われ、また、自動車等が波に持ち上げられ、塀に激突したり、車庫として使われていた建物が波力で倒壊するなど、越波による被害が続出し、本件護岸も一部崩壊した。このころ、本件建物は、窓及び壁が流出し、屋根と柱を残す状況であり、その後間もなく倒壊したものと思われるが、本件護岸の一部崩壊との前後関係は判然としない。

3 本件水害の原因

本件水害の原因は、強風とこれに伴う波浪によるものであることは明らかであり、これは、本件護岸の一部崩壊の有無にかかわりなく発生したものである。仮に、本件護岸の一部崩壊が何らかの形で本件事故に関係したとしても、事故当日の最高波高(有義波)及び最高潮位はいずれも設計数値を超えたものであるから、本件護岸の一部崩壊は、結局、予想を大幅に上まわる波力によるものであり、不可抗力というべきであるから、被告が本件水害による損害についての賠償責任を負う理由はない。

しかも、当時、本件事故現場の道路は一部未舗装であり、かつ、護岸前面の消波工も未設置という施工途中における災害である。この点、施工者としては、消波工設置まで五年程度であつたから、五年確率程度の波に対する安定性を検討し、その安全を確認済みのものであつて、本件水害は前述のとおりわれわれの予測を遙かに超えたものであり、仮に工事がすべて完了していたとしても本件同様の被災は免れ得なかつたものと考えられる。

四 抗弁

原告方には、本件水害後、左記のとおり、災害見舞金として金員が支払われ、損害の一部が填補されている。

1 昭和五一年一一月四日、福井県越前町より金二万円

2 同月一七日、同町より金五万円

3 同月二四日、同町より金一九万四〇〇〇円

4 同年一二月一日、福井県知事より金三万円

5 同日、春江婦人会より金一万円

五 抗弁に対する認否

全部認める。

第三証拠 <略>

理由

一 本件水害の発生について

1 <証拠略>を総合すると、原告が、昭和五一年一月一五日、四ヶ浦木材株式会社に本件建物の建築を請負わせ、昭和五一年七月一〇日に本件建物が竣工するのと同時に同建物において民宿を営んでいたことが認められる。もつとも、<証拠略>として提出されている四ヶ浦木材株式会社作成の領収書の名宛人は、訴外寺本喜之助となつていることが認められるけれども、<証拠略>に照らせば、これは、地域の慣習に従い漫然と名義を父親喜之助としたにすぎず、右事実は、先の認定を覆すには十分でないし、他に先の認定を左右するに足りる証拠はない。

2 本件国道が、石川県金沢市から福井県南条郡河野村赤萩に至る一般国道三〇五号線の混雑解消のために建設された右国道のバイパス道路であること、本件国道は、本件建物の東側に隣接し、その西側が日本海越前海岸に接しており、日本海に接する西側部分には本件護岸が施されていること、昭和五一年一〇月二八日の午後九時一〇分過ぎには、福井地方気象台から強風波浪注意報が、事件当日である翌二九日午後五時五〇分には、強風波浪高潮注意報が出ていたこと、同日は曇時々雨の天候で、強風が吹き、最大瞬間風速約二四・五メートルに及んだこと、本件建物付近の海岸に高波が押し寄せたこと、本件建物付近で本件国道が一部決壊したこと、道路側溝L字型コンクリート及び海水が本件建物敷地付近まで侵入したこと及び本件建物が倒壊したことは、いずれも当事者間に争いがない。

3 <証拠略>を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一) 本件建物は、越前岬方面(金沢市方面)からかれい崎方面に通じる本件国道と旧道との交差点より約六〇メートルのところに位置し、その北東側は幅員約五・五メートルの旧道(本件国道建設以前の一般国道三〇五号線)に接し、南西側は僅かな距離をへだてて本件国道(車道の幅員約七メートル、海側の歩道の幅員約二・五メートル、山側の歩道の幅員約一・五メートル)と接しており、本件国道と旧道にはさまれた地域に存し、本件国道は、本件建物付近を頂点として海側に突き出して湾曲していること、

(二) 本件水害現場に近接した四ヶ浦漁港修築事務所(四ヶ浦漁港は本件水害現場から約八キロメートル離れている。)では、通常、波高、風速及び風向を観測しているところ、昭和五一年一〇月二九日当時は波高計が修理中で欠測であつたが、風速及び風向は観測されており、それによれば、同月二八日午後三時ころから吹き始めた西ないし北の風は、翌二九日の午後二時過ぎに最も強くなり、最大瞬間風速(北北西の風)を記録したこと(その風速が二四・五メートルであつたことは当事者間に争いがない。)、加えて、同事務所では計器を用いて観測されていないものの、同事務所の職員の現認したところによれば、海水が四ヶ浦漁港の高さ(L・W・L=ローウオターレベル・干潮時)一・五メートルある集荷所の岸壁を遙かに越え、事務所まで冠水したから、潮位・波高も相当高いものであつたこと、

(三) 原告は、同二九日、押し寄せる高波に対処すべく、午前九時ころより本件現場に波止めの板や丸太棒を打ちつけたりして波止めの措置を講じていたが、次第に危険を感じるようになり、午後一時ころからは、家族と共に山側の小川菊治方に避難し始めたこと

(四) その後、風・波はますます強くなり、越前海岸の沿岸部各地に被害が続出するようになり、本件国道も越波・冠水し、午後三時ころに至り、本件建物付近における右道路の状況は、護岸を越えた海水により未舗装部分から次第に削り取られ、路面アスフアルトの割れ目から海水が噴き上げているのが目撃され、まず、本件護岸が、波返し、トライアンブロツク、壁体、バツトレスの順で、次いで本件国道が相次いで決壊したこと、しかし、右護岸と国道の決壊箇所は本件建物付近のみであること、したがつて、本件護岸と国道の決壊原因は、前面より本件護岸に打ちつける波力と本件護岸を越す波により、未舗装道路部分に海水が流入し、その結果本件護岸の背面土砂が洗い出されたことによるものと推認する以外に他の原因を発見することが困難である(本件護岸の設計者である証人間崎も同旨の証言をしている。)こと

(五) 午後四時には、福井県朝日土木事務所に本件国道が決壊した旨の情報が入り、工務課越前班の福岡誠他二名が現場に向つたが、冠水のため、車はおろか歩くのも困難な箇所もあり、徒歩でようやく現場に着いたのが午後五時少し前であつたこと、そして、そのころの波の状況は、波高が本件護岸よりも高く、打ち寄せる波がすべて越波している状態であつたこと

(六) 本件護岸が決壊してからは、護岸を越す波により剥離された本件国道のアスフアルト、土石等が、波と共に本件建物に押し寄せるようになり、次いで、午後五時ころには、小川方に避難していた原告及び小川稔は、波の音に混ざり、本件国道の建設材料であるアスフアルト、土石等が、本件建物の柱・壁等に打ちあたる様なバリバリという大きな音を聞くようになり、まもなく、本件建物は東の方に向つて倒壊し、家財が流失したこと、

(七) 翌三〇日、原告、小川稔、上市隆夫らが、倒壊した本件建物の残骸を整理していると、屋根の下から、アスフアルト、L字型コンクリート製側溝が発見され、また、本件建物敷地付近にも、アスフアルト、U字溝土石など本件国道の建設材料が散在していたこと

(八) 地理的にみて、本件建物より海側にある壁下所有の建物は、ガラスが壊われ、床上に浸水したものの、倒壊するに至つていないこと

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4 以上の事実によれば、昭和五一年一〇月二九日、前日より強まつていた北ないし西の風に伴い、高波が福井県沿岸部を襲い、午後三時ころには、原告が所有する本件建物の敷地の西側付近において、高波により本件国道の護岸の一部が決壊し、次いで本件国道も同所で一部決壊して護岸の波返し等の抵抗を受けなくなつた高波が、本件国道を直撃し、その建設材料であるアスフアルト・L字型コンクリート製側溝、土石等をまき込み、一層強く本件建物に打ち寄せ、そのため、午後五時ころ、アスフアルト・L字型コンクリート製側溝、土石等本件国道の建設材料をまき込んで打ち寄せる波浪の打撃力により本件建物は山側に押し倒され、本件建物内に存した原告所有の家財を流失せしめたことが認められる。

二 本件国道・護岸の瑕疵について

1 原告は、道路・護岸の建設にあたつては、従来の地形、地質、潮流等自然的条件を考慮し、道路・護岸を設計し、建設すべきであるにもかかわらず、本件国道・護岸の建設にあたつては、従来、波力の緩衝作用を営んでいた岩磯を剥離し、入江を埋め立てるなど地形等への配慮を欠き、また、十分な排水機構を設置せず、基礎部分の建設に水中コンクリート工法を採用するなど強度の点で問題のある護岸を建設し、さらには、テトラポツト等消波工の設置が可能であつたにもかかわらず、その設置が遅れたことを本件国道・護岸の瑕疵である旨主張する。

2 営造物の設置・管理の瑕疵の意義

一般に、国家賠償法二条一項における「公の営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、当該営造物の設置または管理につき、それが通常有すべきとされる安全性を欠いていることをいうものと解される。ところで、本件国道のように護岸機能を併有する道路においては「当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならない」(道路法二九条)とともに「地形、地質、地盤の変動、侵食の状態その他海岸の状況を考慮し、自重、水圧、波力、土圧及び風圧並びに地震、漂流物等による振動及び衝撃に対して安全な構造のものでなければならない」(海岸法一四条)というべきであるから、設置者及び管理者において、このような点について十分な考慮を払わずに護岸機能を併有する道路を設置し、その安全性を維持することについて管理を尽くさない場合に、道路・護岸の設置または管理に瑕疵があるというべきである。

以下、この見地にたつて、本件国道・護岸の設置計画・構造等が妥当であつたか否かについて判断する。

3 瑕疵の有無について

(一) 本件国道の工事は、道路法一二条但書により福井県を統括する福井県知事が工事を行い、同法一三条一項のいわゆる指定区間外の部分として、同県知事が管理していること及び右県知事の行為がいずれも被告の機関委任事務であることは、当事者間に争いのない事実であり、<証拠略>によれば、同法五〇条一項但書により、本件国道の工事費用についての被告の負担率は四分の三であることが認められる。

(二) <証拠略>を総合すると、次の各事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 国道三〇五号線は、昭和四五年に従前の県道が国道に昇格した道路であるが、水産物の運搬及び観光のため、交通量が増大して、交通渋滞を来すようになつた。そのため、昭和四六年より改良工事に着手し、本件建物の所在地である米ノ地区においては、特に、国道三〇五号線の改良について検討が行なわれたが、同地区においては、旧道沿線に家屋が密集しており、その移転用地の確保が困難なうえ、背後に急峻な山岳が迫つているため、旧道の拡幅は極めて困難であつた。そこで、海側にバイパスを建設することが企画され、橋梁方式と盛土方式の二方法のいずれを採用すべきかにつき検討された結果、橋梁方式を採用した場合には、護岸機能を併有できず、沿道の利用ができないため、沿線住民の利益にならず、また、同地区は越前加賀国定公園の一部であるため、景観を損う高い構造物となる橋梁は好ましくないうえ、盛土方式に比較して、建設工費が崇む(約三倍)こともあつて、盛土方式によるバイパスを建設することが決定された。

(2) ところで、米ノ地区は上記のとおり、越前加賀国定公園の一部であることから、眺望を阻害せず加えて、建設工費が安価になるように、護岸の天端高をできるだけ下げることが求められ、技研興業株式会社の開発したトライアンブロツクを利用したトライアン護岸の採用が検討された。右トライアンブロツクとは、波が入りやすく、消波効果の発揮できる突起状の前面と水を通さぬ壁状の後背面とで形成された消波と法覆をかねそなえた海岸、河川に使用する護岸用コンクリートブロツクであり、波の入りやすい前面の間隙は、エネルギを散逸し、波の打ち上げ高を減じ、消波性能にすぐれているため、護岸の天端高を低くできるとされているものである。そこで、福井県は、技研興業株式会社に対し、参考設計書の提出を求め、技研興業株式会社では同社の技士である間崎将允にその作成を担当させ、間崎は、福井県より提供を受けたデータ(<証拠略>)等を基礎に「福井県国道三〇五号線(米ノ地区)トライアン護岸検討書」(<証拠略>)と題する参考設計書を福井県に提出した。そして、右参考設計が検討され、被告において右参考設計を基にトライアン護岸を築造することが決定された。

(3) 間崎は、右参考設計書を作成するにあたり、同書の冒頭に掲記されている設計条件を前提にしたが、その主たるものは、(ア)沖波波高が七メートル (イ)沖波周期が一二秒 (ウ)海底勾配が一五分の一 (エ)計画護岸法先地盤高がGLマイナス五メートル (オ)最高潮位が既往最高潮位(H・H・W・L)プラス一・一三メートルであり、以上により、相当沖波波高沖波波長、水深等を算出し、消波工の設置を前提に天端高を六・〇三メートルと算定し、トライアンブロツクの五段積(高さ合計六・五〇メートル)によりトライアン護岸を築造することを決定した。ところで、右沖波波高、最高潮位(沖波周期は沖波波高に対応させたものである。)については米ノ地区付近で観測データがないために福井港の港湾計画資料を利用しているが、この点について、間崎は、沖での波浪条件を右各数値をもとに算定して計画するので、データの観測地点と現場との距離が多少離れても問題はないとする。

ところで、水深を含めた海底の地形は、護岸の天端高を決定する重要な要素の一つであつて、福井港は九頭竜川の河口ゆえ海底が砂地であるのに対し、米ノ地区のそれは岩磯であつたこと等からすれば、地質・地形等の差異がもたらす影響についても慎重に検討する必要があるところ、右間崎も、先の参考設計書の設計条件の項に各設計条件を掲記した後に、「上記諸条件に基づき本検討を行うが、実施にあたり、現地の条件を考慮する事」と記載しているが、被告がトライアンブロツクによる本件護岸の築造にあたり、地形・地質等を検討し間崎の提出した参考設計書を修正した事実は認められない。

(4) また、被告は、間崎の参考設計書により越波量、土圧、水圧に対するトライアン護岸の安定計算をするにあたり先に決定した天端高を前提にして行なつているが、越波量については本件護岸に対し、設計条件の波高の波浪が来襲した場合、トライアン護岸だけで前面に消波工を設置しない場合には、一秒間に単位メートル当たり〇・二立方メートル程度で、これは護岸背後が舗装道路である場合の被災限界越波量にほぼ等しいが、他方、前面に消波工を設置した場合には、右越波量は一秒間単位メーター当たり〇・〇二立方メートル程度になり、かなり高い蓋然率による安全性が確保できる計算になり、したがつて、護岸の天端高をできるだけ低くおさえようとすれば、越波量に対する安定計算上も、消波工の設置が不可欠であると考えられ、そのほかに土圧、水圧(水圧については雨水の良好な排水が前提になる。)についても検討の結果、安全を確保できるとの結論を得た。

(5) 本件国道の建設工事は、(ア)護岸及び背後盛土工事 (イ)下層路盤等工事 (ウ)道路舗装工事に大別でき、それぞれの工期は(ア)昭和四九年七月一六日から昭和五〇年三月三一日まで(イ)昭和五一年七月九日から同年八月五日まで(ウ)昭和五一年八月一〇日から昭和五二年一月二一日までがそれぞれ予定された。第一の護岸及び背後盛土工事は、基礎コンクリート及びバツトレス基礎の打設、トライアンブロツクの製作・布設、壁体コンクリートの打設及び路床及び路体の部分の盛土を行うもので、そのうち基礎コンクリートの打設については海水の排除が容易でないことから水中コンクリート工法を採用した。水中コンクリート工法は、土木学会で制定したコンクリート標準示方書にも記載のある工法であるが、コンクリートを空気中で施工した場合に比して、その品質の均一性、打継目の信頼性、鉄筋との付着等が十分でないといわれ、したがつて、その採用、施工には十分配慮する必要があり、そのため、被告においては、基礎コンクリートの打設後である昭和四九年一〇月ころ、バツトレス基礎とともにその強度を検査し、安全性を確認した。なお、右各工事に先だち、被告は、道路敷部分について本件入江を埋め立て、岩盤より上部の岩礁を剥離(切土)したが、切土により採取した土石の一部(七八二立方メートルのうち六六八立方メートル)は盛土・埋戻に流用した。ところで、岩磯など水面下に大きな粗度がある場合には、波力の減殺効果があり、殊に本件入江は波浪を吸収しその打撃力を緩和減殺する自然的緩衝地帯を形成していたものと認められるところ、本件国道の計画及び建設の際、被告が従来存した岩磯を剥離し、本件入江を埋め立てたことにより生ずる波力の減殺効果の低下について別段の検討配慮を加えているとは証拠上これを認め難い。

なお、消波工については、路盤及び舗装工事終了後、昭和五二年度より設置されることが予定されていた。

(6) 旧道の東側に位置する本件建物付近には、本件国道を建設する以前には、水路が一か所あり、右水路は旧道を横断し、本件入江に流入していたため、本件国道の建設に際しては、水路の改設が必要であつたところ、被告は、旧道を横断してきた従来の水路にU字溝を連結し、さらにボツクスカルバートを接続し、本件国道下を横断させたうえ、海側に排水する施設を建設した。

(7) 本件国道の建設は順調に進み、昭和五一年一〇月中旬には、道路舗装工事もすでに車道の舗装工をすべて完了しており、歩道部分の舗装工事に着手していた。歩道部分の舗装工事は、山側の歩道から着手し、次いで海側の歩道について、その両端から舗装工事に着手したが、本件水害の発生した同月二九日には、歩道の舗装工事も本件水害現場付近の海側の一三〇メートルの区間を残すのみとなつていた。なお、道路舗装工事の完成時期は、請負人との契約上昭和五二年一月二一日とされていたが、実際上は、現場が海岸部であるために冬期波浪を避けるため昭和五一年一一月中旬の完成を目指し、工事が順調に進められていた。

なお、本件護岸の完成部分の状況は、次のとおりであり、以下の事実はいずれも当事者間に争いがない。すなわち、在来岩盤から埋土が約六メートル、盛土が六・五一メートル、それぞれ約一〇メートルの長さにわたり行なわれ、これに対し、海側に高さ六メートル、厚さ三〇センチメートル、長さ一〇メートルで、控え壁式コンクリート擁壁がある。さらに、その海側にコンクリート製の高さ一・二メートルのトライアンブロツクが五段積まれている。そして、右各擁壁の上部に約一、五メートルのコンクリート製岸壁を設置している。控え壁式コンクリート擁壁の下に海底岩盤から約六・五メートルの高さのコンクリート基礎があり、また、五段に積まれたトライアンブロツクの下には海底岩盤から高さ約六・五メートル以上に及ぶと推定されるコンクリート基礎があり、その海底の最先端、最深部の基礎は七メートルないし八メートルの厚さに及ぶ。以上の本件護岸の断面は、別紙図面(2)のとおりになる。

(8) ところで、本件護岸の決壊の原因は、本件護岸に前面から打ちつける波力と本件護岸を越す波により未舗装道路部分から海水が流入し、本件護岸の背面土砂が洗い出されたことによるものと推認すべきこと上記のとおりであるが、越波量に対する本件護岸の安定計算上、消波工の設置されていること及び護岸背後に完全舗装の道路が存在することを前提としているから、本件水害現場付近国道の海側歩道が未舗装であつたことが、越波による海水の侵入を招き、本件護岸の背面土砂の洗い出しの原因となり、ひいては、本件護岸の決壊の一因をなしているものと推認される。また、すでに、本件国道の建設工事は、歩道の一部が舗装未了であることを除いて終了していたのであるから、冬期波浪に備えて消波工を設置することは、施工法上は可能であつたと考えられる(なお、この点について、被告は、消波工の設置は、施工法上の制約等から護岸完成後でなければできないと主張し、<証拠略>はこれに副うものであるが、本件水害後、復旧工事に先だち、消波工が設置されていることに照らし、到底措信しがたい。また、仮に、予算措置上消波工の設置が護岸完成後でなければならなかつたとしても、越波量に対する本件護岸の安定計算上消波工の設置はその前提とされていたのであるから、被告は本件護岸の安全上、消波工の設置が波浪の強い冬期以前に可能となるよう措置を講ずべきであつたというべきである。)。

(9) 昭和五一年一〇月二九日、全国的に西高東低の気圧配置となり(午後三時の天気図)、福井県地方では西ないし北の強風が吹き、本件国道の西側の海岸を含む越前海岸には高波が押し寄せた。そして、同日午後二時、福井港においては最大波高(有義波)七・四三メートルを記録し、潮位も四ヶ浦漁港の漁業協同組合集荷場のある岸壁(その天端高はL・W・Lプラス一・五メートルである。)が冠水していることから約プラス一・五メートルを記録したものと認められる(その余の気象状況は先に認定したとおりであり、このような気象条件のもとに本件水害が発生した。)。

(10) 本件護岸の被災箇所は、五段積みのトライアンブロツクのうち四段目までのトライアンブロツク、壁体コンクリート、バツトレス及び波返しが流失しているが、その基礎部分は流失を免れている。また、被災箇所については復旧工事が進められたが、トライアン護岸は採用されておらず、鉄筋コンクリート製の波返しが天端において旧護岸より約一メートル海岸につき出て設置され、前面にはテトラポツトを用いた消波工が設置されている。

(三) そこで、本件国道、護岸に関する右認定事実並びに第一項記載の本件水害発生に関する認定事実を総合勘案し、本件国道・護岸の瑕疵について検討する。

(1) 本件護岸の越波量に対する安定計算によれば、設計条件の波高(有義波)七メートル、潮位プラス一・一三メートル等は、まず、護岸背後が舗装道路であり、かつ、消波工が設置されている場合には、十分に護岸の安定が確保されるものの、護岸背後が舗装道路であつても、消波工が設置されていない場合には、越波量が被災限界にほぼ等しくなり、完全に安全性を確保しうるとはいいがたい状況になり、さらに、本件水害時のように、消波工が設置されていないうえ、護岸背後が、一部未舗装の道路である場合には、未舗装部分から越波による海水の侵入を招き、埋土、盛土部分を洗い出し、護岸背後の安定を害することは明らかであるから、かかる状態における護岸及び道路の安全性は前記設計条件にいう安全基準より遙かに劣悪であると考えざるを得ず、到底その安全が確保されるとはいいがたい。

(2) 本件水害現場を含む越前海岸には、冬期には、高い波浪が押し寄せ、そのため、沿岸部には毎年のように、冬期波浪による被害が発生するのであるから、護岸の新設計画及びその建設に際しては、冬期波浪の来襲を十分考慮に入れたうえ、沿岸住民の安全を確保しうるよう、護岸の建設計画を樹立し、その建設に着工すべき義務があるところ、本件国道護岸には、上記のとおり、本件護岸の越波に対する安全上の必要条件と考えられる護岸前面の消波工の設置及び護岸背後の道路である本件国道の舗装がいずれも一部未了の状態であつた。ところで、護岸前面の消波工の未設置については、本件水害後、トライアン護岸、壁体等が流失しているにもかかわらず、被告が本件国道・護岸の復旧工事に先だち、急遽、消波工の設置を実施していることからすれば、本件護岸工事の過程において、コンクリート基礎が完成している段階では、消波工の設置が施工法上十分可能であつたと認められる。他方、道路舗装工事についても、道路舗装工事の請負人の契約工期は、昭和五一年八月一〇日から昭和五二年一月二一日であつたけれども、福井県朝日土木事務所においては、冬期波浪を回避するために、関係者の努力により昭和五一年一一月中旬の完成を目指して鋭意進捗中であつたところ、不幸にしてその途次において本件水害に遭遇したものである。

もともと、本件国道の建設工事は、計画上全体で二年七か月の期間を要するものではあるが、前記事情のもとでは、本件国道建設工事着工当初なら格別、消波工は、遅くとも道路舗装工事に着工した昭和五一年夏期ごろには、すでにその設置が可能であつたものと推認しても不合理ではなく、したがつて、昭和五一年の冬期波浪に対しては十分に対処できる時間的余裕は存したものというべく、また、道路の舗装についても、昭和五一年一〇月二九日においては、本件水害現場付近の海側の歩道一三〇メートルの区間を除き、道路舗装工事が完了しており、昭和五一年一一月中旬の完成を目指して順調に工事が進行していたのであるから、工事計画樹立の際の僅かな配慮によつて、昭和五一年の冬期波浪の来襲以前に道路舗装工事を完成させることができたものと考えられる。そして、護岸前面の消波工の設置及び護岸背部の道路の舗装は、冬期波浪に対する本件国道・護岸の安全確保について必要不可欠な条件であつたというべきであるから、本件国道・護岸の建設計画の樹立に際しては、冬期波浪の来襲する以前に護岸前面に消波工を設置し、道路舗装工事を完成するように配慮する必要があり、また、少なくとも、昭和五一年の冬期波浪の来襲する前に、消波工の設置及び道路舗装を完了することは可能であつたにもかかわらず、被告は、この点についての配慮を欠き、そのために消波工の設置及び道路の舗装完了が遅れたといわなければならない。

(3) 加えて、岩磯など水面下に大きな粗度があるときは、波力に対して減殺効果が認められ、天然の消波機能を果すものであるから、本件国道の建設のように、従来存した岩磯を剥離し、入江を埋め立てる場合には、すみやかに消波工を設置するなど岩磯や入江の消波機能の代替措置を講ずる必要があつたにもかかわらず、被告は、これを怠り、漫然岩磯を剥離し、かつ、本件入江を埋め立て、トライアン護岸を築造するのに際し、右の点について十分に配慮したものとは認められない。

また、トライアン護岸の参考設計書を提出した技研興業株式会社の間崎も、安全設計のためには、地形・地質等の現地の条件を考慮すべきことを留保していたのにもかかわらず、本件国道・護岸の設計・建設に際し、安易に地形・地質に差異のあると推察される福井港の港湾計画資料を利用するにとどまり、本件国道付近の地形を調査・検討し、その結果を本件国道・護岸の設計建設に反映させるなどの措置を何ら採用しておらず、この点にも本件国道・護岸の設計・建設において慎重を欠いた点があり、被災した原因の一端があるのではないかと窺われる。

(4) なお、原告は、本件護岸の瑕疵として、コンクリート基礎の打設に水中コンクリート工法を採用したため、コンクリート基礎が脆弱であつた旨の主張をするが、被告は、コンクリート基礎打設後、その強度を検査し、その安全性を確認しているうえ、本件水害後においてもコンクリート基礎は流失せず、残存していることを考えると、この点についての原告の主張が理由のないことは明らかであり、また、原告は、雨水の排水設備の不良も本件護岸の瑕疵であると主張するが、特に排水が不良であつたと認められる事情がないので、この点についても原告の主張は理由がない。

(5) 次に、被告は、本件護岸の一部決壊は予想を大幅に上まわる波力に起因するものであるから、不可抗力であると主張する。なるほど、本件水害の発生した昭和五一年一〇月二九日に観測された最高波高(有義波)七・四三メートル(福井港で観測したもの)、最高潮位プラス約一・五メートル(四ヶ浦漁港における推計)は、いずれも護岸の天端高の算定、越波量に対する安定計算等に用いた設計条件である最高波高(有義波)七メートル、最高潮位プラス一・一三メートル(右は、福井港における既往最高波高、既往最高潮位を参考に算定したもの)を上まわるけれども、右設計条件を著しく上廻るものではなく、また、いずれもその観測地点が、本件水害現場付近ではないうえ、本件国道・護岸のうち、一部にせよ決壊したのが、舗装工事未了区間である本件水害現場だけであることを考えると、当日観測された最高波高(有義波)、最高潮位が、右程度設計条件を上まわることをもつて、ただちに、本件護岸の一部決壊の原因が不可抗力であるとは考えられない。

(6) 以上を総合すれば、被告は、冬期の越前海岸では沿岸部に被害を発生させる波浪の来襲が予測できたのであるから、波力に対し、自然の緩衝作用(消波機能)を営んでいた岩磯を剥離し入江を埋め立てたことの代替措置として、あるいは、天端高の算定、越波量に対する安定計算等における前提条件として、遅くとも昭和五一年の冬期波浪の来襲に先だち、本件護岸の前面に消波工を設置するとか、護岸背後の本件国道の舗装工事を完了すべき設置、管理上の義務があつたにもかかわらず、これを怠り、そのため、本件国道・護岸は通常有すべきとされる安全性を欠いていたものと認めざるを得ない。

三 本件国道・護岸の瑕疵と本件水害の因果関係

本件建物が倒壊し、家財が流失した原因は、昭和五一年一〇月二九日、異常な高波が護岸に打ちあたる波力と護岸を越す波により未舗装道路部分に海水が流入し、その結果護岸の背面土砂が洗い出されたため、本件護岸の決壊及び本件国道の崩壊を各招来し、本件国道の建設材料であるアスフアルト、L字型コンクリート製側溝等をまき込んだ高波が、本件建物を直撃してその波の力と波にまき込まれた本件国道の右建設材料が本件建物を倒壊、流失せしめたものと認められる。そして、本件国道、護岸の決壊の原因は、護岸前面の消波工の未設置と護岸背後の本件国道の未舗装部分の存在等上記指摘の点にあるものと考えられるから、原告の被害と被告の本件国道・護岸の設置・管理の瑕疵との間には相当因果関係があるということができ、したがつて、被告は原告の損害について賠償すべき責任を免れ得ない。

四 原告の損害について

1 <証拠略>を総合すれば、原告が、昭和五一年一月一五日、訴外四ヶ浦木材株式会社に対し、代金一三七〇万円で本件建物の建築を請負わせ、次いで、同年六月五日、同社に対し、代金二三〇万円で追加工事を請負わせたこと、本件建物は、昭和五一年七月一〇日に完成したこと、原告が同社に対し、昭和五一年一二月二三日から昭和五七年九月一〇日にかけて六回にわけて、一二〇〇万円を支払つたこと、したがつて、原告が同社に対し、現在なおも四〇〇万円の支払義務を負つていること、原告が建物更生共済契約により農業協同組合から五〇〇万円の保険金の支払いを受けたことが、それぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告は、本件建物の倒壊により、その建築費の内金一一〇〇万円の損害を被つたというべきである。

2 <証拠略>を総合すれば、原告は、昭和五一年八月一五日、訴外中橋電気商会より本件建物に設置した非常灯、インターホン、テレビ、クーラー冷蔵庫、照明器具の購入代金等として六四万九〇〇〇円の請求を受け、同月一三日に内金として一〇万円、同年一二月三〇日に五〇万円をそれぞれ支払い、残余の支払の免除を受け、その支払いを終えたものと認められ、本件建物の倒壊・家財の流失により、原告は電器工事代金等として、六〇万円の損失を被つたものである。

3 <証拠略>を総合すれば、倒壊した本件建物の中には、家具道具類一式明細表(<証拠略>)及び民宿用一式明細表(<証拠略>)記載の各物品(以下「本件各物品」という)が存在したこと、ところで、前記各書面に記載された本件各物品に記載された本件各物品の価額は、原告が記憶に基づいて記載したものであるから、実際の価額との間に誤差の生じることは禁じえないものであるうえ、<証拠略>を対照すると、カラーテレビ、ビールのシヨーケースの代金が僅かではあるが過大に記載されていることが認められる。しかしながら、<証拠略>に記載された本件各物品の価額は、社会常識に照らし、著しく過大であるとは認められず、また、先に指摘した証拠上知り得る価額の誤差も僅少であることを考えると、本件各物品は少なくとも、原告主張の価額の合計である六四三万七四〇〇円の九〇パーセント相当の価値、すなわち、五七九万三六六〇円相当の価値を有していたものと認めるのが相当で、原告は、本件各物品の流失により同額の損害を被つたというべきである。

4 <証拠略>によれば、原告の経営する民宿では昭和五一年七月一〇日から同年八月九日までの間に一五五万五〇〇〇円の営業収入があり、経費算定のため、その期間の仕入高を鮮魚、飲食物、光熱、その他の項目に分けて検討し、経費を七五万円と算定していること、右によれば、営業収入の約五〇パーセントが経費であると認められること、また、原告自身、営業収入の約二分の一が経費であると<証拠略>に記載していること、一方、八月・九月の各期(それぞれ昭和五七年八月一〇日から同年九月九日までと同年九月一〇日から同年一〇月二九日までである)においては、それぞれ九二万円、四九万円の営業収入があつたが、別段に根拠を示すこともなく、それぞれの期間の経費を四〇万円、二〇万円としているけれども、右経費の額は、算定根拠を示した七月期の経費に比べて安く、営業収入の増加に対し、経費が逓減するとされる経済法則にも合致せず、不合理であることは否めないこと、したがつて、八、九月期についても営業収入の五〇パーセントを経費と考えることの方がより合理的であると認められること、そこで、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日までの営業収入合計二九六万五〇〇〇円のうち、五〇パーセントを経費として一日あたりの純益を算出すると一日あたり約一万三二三七円となること、七ないし九月期の各営業収入を比較すると、七月期以降、漸次減少の傾向にあり、特に九月期においては、その期間が、他の期間より長期であるにもかかわらず、七月期の三分の一にも満たないことがそれぞれ認められる。

ところで、原告は、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日までの営業実績をもとに、同年一〇月三〇日から昭和五三年一月三一日までの期間の営業純益の賠償を求めるが、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日の純益をもとに冬期波浪の影響が出て観光に不適当な期間と考えられる一一月から翌年の三月までの期間の純益を推認することは相当でなく(現実に、七月期に比べて、期間が長いにもかかわらず九月期は著しく営業収入が減少している。)、本件全証拠によつても、冬期の収入を算出することは困難であるといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、昭和五一年一〇月三〇日から昭和五三年一月三一日までの間の日数から、一月ないし三月並びに一一月及び一二月の日数を除いた二一六日に、昭和五一年七月一〇日から同年一〇月二九日までの営業総収入二九六万五〇〇〇円を基礎に五割をその経費として算定した一日あたりの平均収入一万三二三七円を乗じた二八五万九一九二円が原告の被告に請求しうる逸失利益であるというべきである。

5 原告は、本件水害により、民宿営業の基盤としての、また、住居としての、本件建物を一瞬にして失い、あまつさえ、家財をも喪失したのであるから、その精神的苦痛は計りしれないものがあると考えられるが、一方、本件水害が自然災害的色彩も強いことを考えると、その精神的損害を慰藉するための慰藉料は五〇万円が相当であると思料する。

6 不法行為の被害者が、その権利を擁護するために訴を提起することを余儀なくされ、訴訟の提起、追行を弁護士に委任した場合には、右弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容されるべき額、その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものにかぎり、当該不法行為と相当因果関係に立つ損害として、その賠償請求が認められるべきであるところ、本件について、原告が本訴の提起、追行を弁護士に委任したことは、事案の内容に照らし、余儀ないものと認められ、<証拠略>及び以上の認定事実によれば、原告が賠償を求める一〇〇万円は、弁護士会の報酬規定及び認容すべき額に照らしてみて、本件について相当な範囲内にあるものと認められる。

五 損害の填補(抗弁)について

抗弁事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、原告は、越前町等より見舞金として、三〇万四〇〇〇円の交付を受けたのであるから、右の限度において、原告の被つた前記損害は填補されたというべきである。なお、右は、見舞金の趣旨上、慰藉料に充当するのが相当である。

六 結論

以上の次第であるから、本訴請求は、二一四四万八八五二円及び内金一七三九万三六六〇円に対する不法行為の翌日である昭和五一年一〇月三〇日から、また、内金三〇五万五一九二円に対する訴状送達の翌日である昭和五三年二月一四日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、また、仮執行免脱宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧山市治 小川克介 深見敏正)

別紙物件目録 <略>

別表(一)(二) <略>

別紙図面(1)(2) <略>

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